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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2018年11月

精誠の味と価値

精誠の味と価値

ほとんどすべての存在、物事、出来事には、精誠がこもっている。 思い切って言えば、「ほとんど」など付けず「すべての」と言ってもいい。 まず、この世に存在している自然物には、一つの例外もなく、創造主神様の精誠がこもっている。 道端に何げなく咲いている一輪のタンポポには、博物館のガラスケースに入れて展示されている新羅時代の王冠にまさる価値がある。 これはお父様が体感しておられた価値観です。 原理講論には、...

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* by 🍀
先生 今日も素晴らしい御言葉 ありがとうございます!
先生の言葉は、深く心に入ってきて、自然に涙が出てきます。
満足感が あります。
ありがとうございます!

あらゆる文化はものまねである

あらゆる文化はものまねである

  先日の記事ですでに2回ほど取り上げた本ですが、もう一度まとめ直してみました。 小林秀雄本人の本ではないが、小林の文章をふんだんに引用しながら「近代」というものが抱える問題を掘り下げようとする『小林秀雄の警告』(適菜収著)が、一風変わっていて、面白い。 引用は小林だけではない。ゲーテ、ベルグソン、本居宣長のほか十指にあまり、引用の総計はおそらく本書全体の3割から4割にはなるでしょう。 私の印象...

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* by -
先生、いつも ありがとうございます。先生のブログを知り、こんな素晴らしい先生が いらしたんだな...と感動します。
先生 頑張って下さい!!!

* by 🍀
先生のブログを読ませていただくと、本当に 内外共に整理されます。ありがとうございます。
先生と先生のご家族の皆様の御健康と御活躍を心からお祈りいたします🍀


正しく考える人は自分の考えを言わない

正しく考える人は自分の考えを言わない

  私たちが何かを考えるとき、言うまでもないことだが、正しく考えたいと思う。 そして正しく考えたと思うことを言葉や文章にまとめて、誰かに伝え、その人に納得してもらおうと思う。 自分が言うことは正しいことなのだから、相手は当然そう認めて、受け入れてくれるはずだ、いや受け入れなければならないと思う。 しかし本人がいくら正しいと考えても、その考えは、 「その人の意見」 と見做されるのが普通でしょう。「そ...

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忍耐の「チャンス」をくださる

忍耐の「チャンス」をくださる

「私はこうなるはずではなかったのに、お前のせいでこうなった」と言って、自分の悲しみを第三者に転嫁させようとして、「私は肯定されるべきであり、正常だ」という気持ちを持ってはいけません。「私」を否定して、環境を肯定しなければなりません。 (「天聖経」8-1-5-19) 先日の記事で取り上げたこのみ言葉を、昨日の礼拝説教でも使いました。 「『私』を否定して、環境を肯定せよ」 とは、どういうことか。 聖モニカを例に...

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* by はちみつ
聖モニカの記事をありがとうございます。

>環境を否定したり回避したりするのではなく、その環境に反発する「私」を否定しなさい

なるほど、神様がこのような環境を与えて下さった意味が理解できます。

以前「邪悪な要素を受け入れよ」というブログで
「あなたのそのままを何も裁かず、私の心の中に許容します」
という文言を書かれていらっしゃいました。

私がアベルから教わったのは「善悪分立」で、悪を愛してはいけないということでした(80年代半ばの話です)
ですので、統一教会に反対する牧師や弁護士はもちろん、性転換者に対してもサタン視していました。そう教えられてきました。

社会人になり、性転換者の多い地区で働く機会がありました。
彼らと接するうちに、彼らを愛してる(男女の愛では無く、同じ人間として)自分に気付きました。
どうしても彼らをサタン視出来なかったです。彼らも事情があり、手術に踏み切ったんだ。苦しかったんだなと思いました。

前置きが長くてすみません。
理不尽な人、悪をなす人が現れたら
『善悪分立でサタン視する』
ことはしなくて、大丈夫でしょうか?


耳を澄ませ、そこに一切がある

耳を澄ませ、そこに一切がある

 Claude Monet Water Lilies, 1917 絵を見るとは一種の練習である。練習するかしないかが問題だ。私も現代人であるから敢えて言うが、絵を見るとは、解っても解らなくても一向平気な一種の退屈に堪える練習である。 練習して勝負に勝つのでもなければ、快楽を得るのでもない。理解することとは全く別種な認識を得る練習だ。現代日本という文化国家は、文化を談じ乍ら、こういう寡黙な認識を全く侮蔑している。そしてそれに気...

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「友だち」とはどんな人か

「友だち」とはどんな人か

  『ソクラテスに聞いてみた』(藤田大雪著)は、ある青年(サトル)のfacebookにソクラテスを名乗る人物から「友だち申請」が届くところから始まる。 設定はきわめて今風で軽そうに見えるが、内容は結構しっかりしています。 物事、とくに我々の生活において基本的な物事をどう定義するか。 これは重要なことだと思います。 きちんと、本質を突いた定義ができなければ、その価値も曖昧になるし、それを追求していく気力も...

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良心を持った鳥

良心を持った鳥

  その人の考えや言うことがよく分かるので、それに共感し、その人を好ましく思う、ということでは必ずしもない。 私にとっては、小林秀雄という人がまさにそういう人です。 今回、小林自身の著書ではないが彼についての本を読んで、 「どうして私がこれほど小林に惹かれるのか」 という理由が、少しだけ分かったような気がします。 『小林秀雄の警告』(適菜収著) これは私にとって、相当面白い本です。 滅多にないこと...

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私の生活が最も雄弁に原理を語る

私の生活が最も雄弁に原理を語る

原理がいかに素晴らしいかを説得し納得させるには、どんな講義をしたらいいのでしょうか。 まず、分析的に講義してみる。 キリスト教の要点は、これこれである。 仏教の要点はこれこれであり、儒教はこれこれ、神道はこれこれ……。 しかし、いずれも足りない点、不明瞭な点がある。 そういう点を見事に説明できるのが原理である。 他の宗教と比較して、原理の優位性を理論的に明らかにするのです。 この方法は悪くないように見え...

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ヨケベドはモーセをいかに育てたのか

ヨケベドはモーセをいかに育てたのか

  原理講論の「モーセ路程」を訓読しているとき、モーセの母のことがなぜともなく気がかりになった。 モーセの母については、聖書を読んでも名前が出てこない。 WEBで検索すると、 「ヨケベド(あるいはヨケベテ)」 と出てきます。 モーセはイスラエル民族がエジプトで奴隷身分に落ちた時代に、レビ族の血筋を引いて生まれる。 ところが当時は、エジプトの王(パロともファラオとも)はイスラエル民族の繁殖を恐れて、産...

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200人に1人

200人に1人

  私が在籍した当時、高校は1学年6クラスあり、1クラスがほぼ40名だったので、1学年が240名。 私のクラスは理数系が得意な学生が集まるクラスで、その中でも1人、数学がずば抜けて得意な男子がいた。 私などは間違ってそのクラスに入ったようなもので、数学はほぼ平均あたり。 2年生の半ばくらいまでは何とかついていったが、微分や積分が出てくるあたりから段々と後塵を拝するようになった。 ところが彼は涼しい顔で、ち...

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人間を全般的に主管したい

人間を全般的に主管したい

前回に続き、『文鮮明先生のみ言に学ぶ統一原理』の中にある一節です。 神様は、人間の肉心に直接入っていって人間を全般的に主管したいと思いましたが、人間と直接的な愛を結べないので、間接戦法を通して人間の良心の世界にだんだんと深く臨在していかれて、今まで摂理してこられました。 (1970.10.13) これはなかなか難しいみ言葉です。 人間が堕落したのち、神様は人間の肉心にまで直接入って、人間を全般的(完全)に...

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誰が彼を偽りの父にしたのか

誰が彼を偽りの父にしたのか

  すでに何度も繰り返し原理講義を聞いて学んできた人たちにとって、それでもさらに必要な、あるいは聞いてみたい原理講義があるとすれば、どんな講義だろうか。原理講義をしながら、悩むことが多い。考えてみても、答えは簡単に出てこないのです。 信仰生活者にとって必要な創造原理とはどんなものか。 信仰生活にプラスになる堕落論はどんなものか。 終末論、予定論、モーセ路程などはどこまで必要か。 あれこれ考えるう...

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