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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2018年10月

環境肯定して、自己否定しなさい

環境肯定して、自己否定しなさい

昔、牧会者になりたての頃、毎週の礼拝説教を準備するのに、 「毎回、新しいことを話さなければならない」 と思って、随分苦労した。 同じことを話したら、 「教会長はまた先週と同じ話をしている」 と思われるのではないかと気がかりだったし、 「食口には毎週新しい何かを与えて上げなくてはいけない」 と思い込んでいたのです。 ところが説教を続けているうちに、ある事に気がついた。 「人は一度聞いたことを、1週間後には大...

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神様と、この方たち(真の父母)を信じますよ

神様と、この方たち(真の父母)を信じますよ

  前回の記事「神は死んでいないか、どうか」の最後に、 「人はどのようにしてそれまでとは違う考えを受け入れるかという一例を示してみましょう」 と結んでおいたので、続けます。 同じ教育部長のブログ「いつも私のとなりに神さま」で紹介されていた証です。 彼の教会の有志たちはこの5年間、最寄りの駅頭で継続的に路傍伝道を行っている。 一人の熱心な女性伝道師が数年前、ある婦人に出会った。 しかしその婦人は、家...

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神は死んでいないか、どうか

神は死んでいないか、どうか

  映画「God's not Dead」を観る。 「神は死んでいない」と、どうして言えるか。 米国ではこういうキリスト教宣教のテイストをもつ映画がちょくちょく作られるようです。 (例えば「1畳半のクローゼット祈祷室」) 出来栄えは、それほど悪くはないが、やはりその宣教色がちょっと鼻につく。 無神論者であった大学教授が最後に車にはねられ、息を引き取る直前、牧師の説得で、 「私はイエスを信じる」 と言い残す。 物語...

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薬は苦いが、早く飲みなさい

薬は苦いが、早く飲みなさい

  私たちが日常生活の中で遭遇するさまざまな困難を病気とその治療に例えて考えてみると、困難な事態によって今自分が感じている「苦痛」が「投薬」に当たると思われます。 苦痛自体は病気ではない。 例えば、風邪をひくと喉が痛い、頭が痛い。 その痛みは病気そのものではなく、風邪という病気を私に教えてくれる症状(サイン)です。 そうだとすれば、すべきことは症状を抑えることではなく、その症状のもとになっている...

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無暗に原理を学ぶと、道を誤る

無暗に原理を学ぶと、道を誤る

  昔書いた自分の記事を徒然に読み返していると、 「統一教会にはちょっと訪ねて行きにくい」 という記事が出てきたのですが、自分でも書いたことを忘れていた。 ある方のところに聖母マリア様が霊的に訪ねてこられて、 「カソリック教会はいいけれど、統一教会はちょっと訪ねて行きにくい」 と告白されたことがあるというのです。 なぜそうかと言うと、カソリックでは聖母マリア様は救い主、神の独り子であるイエス様の聖...

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それが私の羊かも知れない

それが私の羊かも知れない

アブラハムの生涯を観れば、ある人物を神様がどのようにして中心人物の位置に立て、さらにどのようにして過去の罪を蕩減復帰させようとなさるのかということが、とても象徴的に示されています。 アブラハムと彼の妻が中心人物として立つためにまず通過させられた道は、エデンの園の蕩減復帰です。 飢饉が起こった時、夫婦は食料を求めてエジプトへ下る。 そこで妻のサラが王に奪われ、その妾になるしかないという状況から、信仰...

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君の目を見ると、輝いている

君の目を見ると、輝いている

先日韓国家庭連合の主催で行われた大会で、一人の国会議員が来賓の挨拶をされました。 これまでも多くの来賓挨拶を聞いてきた中で、あまりにも出色の挨拶なので、少し紹介します。 その方は子ども時代に母を亡くし、あまりに貧乏で乞食のような生活をした。 学校は小学校までで、後は物乞いをして妹を養っていた。 ある時、大宇重工業の工場の正門で残飯を漁っていると、従業員に見つかってひどく殴られた。 そこへたまたま通り...

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献身するということ * by はちみつ
毎回興味深い記事をありがとうございます。

>出会ったその人が献身しようが、自分の道をそのまま行こうが、お父様の見る目には近いも遠いもない。

もう30年も前ですが、当時の寮母さんに献身を迫られました。
誘い方が強引で恐怖を感じ、その後教会から離れました。

「原理を聞いたのに献身しないと、地獄に堕ちる」
と随分言われました。その言葉を思い出すと、今でも怖くなります。
プライベートでは素晴らしい旦那、いい人達に囲まれて幸せです。
でも献身しなかったので、地獄に堕ちてしまうのでしょうか。

私の人生は短い

私の人生は短い

先日テレビを見ていると、青森の有名な霊能者が出演している。 悩みを抱える有名人、一般人数名の相談に乗るという企画です。 私が目を惹かれたのは、あるお母さん。 その方は娘を交通事故で、わずか6歳で亡くした。 小学校へ入学したばかりの、これからという時に、通学時突然に亡くなり、お母さんとしては悲しい。 悲しいばかりではない。 事故当日の朝、ちょっとした気持ちの行き違いで、娘の顔も見ずに送り出したことが、悔...

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生まれなかった3人目の子どもに出会う

生まれなかった3人目の子どもに出会う

去る日曜日、10月14日は今から68年前に文鮮明真のお父様が北朝鮮の興南特別労務者収容所から奇跡的に解放されたその日。 同じこの日は、36年前に私たち夫婦の祝福記念日でもあります。 一歩間違えば命のなかった緊迫の解放劇と、結婚という人生で最も喜ばしい祝祭。 全く対照的なこの2つの出来事の間には32年という時間的な隔たりがあるのですが、この期間は文先生にとってどのような期間であっただろうか。 その内面の思いは深く...

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すべては神様が私に与えてくださったものである

すべては神様が私に与えてくださったものである

前回の記事「『取って読め体験』はいかにして起こったか」の続きです。 母モニカは熱心だが純朴な信仰のクリスチャン。 息子のアウグスチヌスは母の信仰を疎ましく思って逃げていたのに、結局は母と同じ信仰に導かれる。 この母と息子のストーリーはかなり劇的なものではありますが、神様にとってはそれ以上の価値がある。 神様には復帰のための原理はある。 目的地もはっきりしている。 しかし、神様には実体がなく、人間に見...

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* by はちみつ
モニカの続きのお話をありがとうございます。

「息子は、彼が親の言うことをよく聞く孝行息子であっても、反対に不出来なやくざ者のように思えても、神様が私に与えてくださった一つの貴重な生命であるという点において、絶対的な価値をもっている。」

この価値観を全ての人の中に見出したいものですね。
どんな人も神様の子。
わかっているようで、難しい。
特に極悪非道な犯罪者を愛するなんて出来ない。でも、この人も神様の子。

聖書や聖人のお話を期待しています!

「取って読め体験」はいかにして起こったか

「取って読め体験」はいかにして起こったか

ある講師が素晴らしい講義をしていて、その中で聖モニカを取り上げて、彼女の信仰について深く分析した内容がとても参考になりました。 その内容もいいのですが、それとともに印象に残ったのが一つの証です。 いくつもの場所で同じ講義をしてくるうち、あるところで講義に参加した人の感想文にこんなのがあった。 「聖モニカがやって来て、こんなふうに伝えてきました。『私についてこんなに詳しく紹介してくださって有り難うと...

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* by はちみつ
聖モニカ親子の話は、大好きです。
続きを期待します。

私自身が創造したものを所有する喜びの味

私自身が創造したものを所有する喜びの味

原理講論の「創造原理」第5節に、 ちょうど創造主である神が人間を主管なさるそのごとくに、人間も創造主の立場で万物を主管することができる主人の権限をもつようにするためであった。 とあり、「堕落論」第6節には、神は創造主であられるがゆえに、人間を主管し得る資格をもっておられるように、人間も万物を主管することのできる資格をもつためには、神の創造性をもたなければならないのである。とあります。 これを見ると、...

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