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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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感謝する生活追補「アベルを変えようとしない」

感謝する生活追補「アベルを変えようとしない」

  先日まで6回にわたって「感謝する生活」の講義を抄録してきて、一応結論までいったのですが、追補してみようと思います。 私たちが今日、生活の中で遭遇する苦痛、さまざまな問題の根本起源は、アダムの家庭にあると考えられます。 人類初代のアダム・エバは愛の問題を起こし、その後、責任転嫁をするという堕落性の根を作りました。 さらにその二世であるカインとアベルは、妬みから殺人事件を起こしたのです。 ここで...

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* by はちみつ
カインの立場の者は、アベルに自分の意見さえも言えないのがホーム生活でした。つまり「言いなり」になる必要があります。相談しても、頭から否定されるので、話し合いにはなりませんでした。
でもそうやって、自分の感情を閉じ込めることで、堕落性が脱げると教わりました。
(「あなたはカインでしょう? 私はアベルなんだ。アベルに絶対従順しなきゃ」とよく言われました)

ブログ主さんとしては自分の素直な感情や意見は、アベルに伝えても大丈夫ということですか?
より建設的な関係を作るには、意見交換した方が良いかと思うのです。そうすれば誤解も解けるし、発展につながります。

スマホの不具合で、数回送信しました。コメントが重複してしまい、すみませんでした。

Re: タイトルなし * by 教育部長
私も若い頃、ホーム生活ではいろいろな体験をしましたね。ただ、頭ごなしに「絶対従順」と言われたことはあまりなかったような気がします。それが良かったのか悪かったのか、簡単には言えないかも知れませんが、苦痛の体験を持っている方には私も時々出会います。そういう人は若い頃献身生活をしてそれなりに頑張っていたのに、家庭を持ったりするようになると、教会に一定の距離を持ったりしますね。苦痛の体験が心に傷を残しているように見えます。
「カインはアベルに従順屈服して堕落性が脱げる」というのは、復帰原理の基本のように思ってきましたが、最近は原理講論に対する解釈がちょっと間違っていた、というか、浅かったのではないかと考えるようになりました。その考えはこの「感謝する生活追補『アベルを変えようとしない』」に書いた通りです。
アベルとカインは父母を中心として兄弟ですから、素直に忌憚なく話し合うのが本来だと思います。もちろん兄弟としての一定の礼儀を無視してはいけないと思いますが。
そして同時に、過去の記憶を癒していく必要もあるでしょうね。かつての青年たちは心にさまざまな傷を持っていますから。我々を苦しめているのは過去の辛い体験そのものではなく、その体験についての「記憶」だと思います。それで、その「記憶」をいかに消していくかということが重要だと考えます。神様にとっても、人間の堕落や復帰摂理の苦痛の記憶を完全に消し去ることが、復帰摂理の完了になるのではないかとも考えています。

* by はちみつ
コメントありがとうございます。

おっしゃる通り、私はもう何年も教会へ行っておりません。(教会が分裂していたことは、最近知りました)
教会という組織が怖くて、通えなくなりました。教会やアベルを憎んだりはしておりません。ただ、怖いだけなんです。
現在はどこの宗教団体にも属していないのですが、祈りは続けており聖書も読み続けています。
「○○様の御名を通して」祈っています。
しかし、やはり実体のアベルを作らないと、祈りは通じないのでしょうか?