良心に従う生活
- 2017/10/29
- 14:04

「良心に従う生活」信仰生活講座の第5回として講義し、内容を少し手直しして、今日の礼拝で説教のテーマにも使いました。「良心とは何か」というサブタイトルも付けたのですが、「良心とは何者か」としたほうがいいような気もします。ふつうに「私」と考えている自分がいて、良心というのは、その「私」とは別個の人格として存在しているような気さえするからです。文先生の教えによれば、「良心は第二の神様」言い換えれば...
藪医者になれ
- 2017/10/23
- 23:53

頼りない医者のことをなぜ 「藪医者」 というのか。 私の落語知識では、主要な説が2つあるようです。 一つ目。 昔は医学部もなければ、医者の国家試験もない。 なりたいと思う人がなるが、下手な医者は薬の処方もいい加減。 裏の藪から適当に取ってきた草を煎じて飲ませるので、藪医者。 二つ目は、もう少し気が利いています。 風邪が流行ると、医者の需要が急に上がる。 当然、評判のいい医者からお呼びがかかるが、病...
たった一つの質問をしようと ...
- 2017/10/16
- 23:36

今日の明け方、久しぶりに夢の中でお母様(韓鶴子総裁)にお会いした。 お母様に何としても質問して確認すべきことがあって、会わなければならない。 我ながら、かなり必死だった。 しかし、直接謁見することは簡単ではない。 いろいろと必死の策を講じて、何とか王宮に入る。 やっと同じテーブルに座って面と向かって質問できる場面まで来た。(夢だから、ありがたい) 問い質したいことは自分の中ではっきりしている...
あなたはどれくらい幸福なの?
- 2017/10/12
- 23:36

人間は、何人といえども、不幸を退けて幸福を追い求め、それを得ようともがいている。個人のささいな出来事から、歴史を左右する重大な問題に至るまで、すべては結局のところ、等しく、幸福になろうとする生の表現にほかならないのである。 (『原理講論』総序) このような、極めて断定的な一文から始まる原理講論は、 「幸福論の書」 という見方もできるでしょう。 しかし、「幸福論」のアプローチには、宗教もあれば...
無意識に聞いてみよう
- 2017/10/07
- 23:37

先日、近隣の教会の総務数人で連れ立って、珍しく温泉に行った。 長湯の嫌いな私は一つだけ、バブルの噴き出る浴槽に入って、10分ほど浸かった。 何も考えずボーっとしていたいと思ったのに、やはり頭はどうしてもくるくると動き回り、あてどもないが何らかの考えが浮かんでは消えていく。 その時、脳裏に浮かんだのは、少し前に読んだ最近の脳科学の知見です。 「意識は幻覚で、本当の『わたし』は無意識である」 目の...
インターネット臓器
- 2017/10/06
- 20:46

天国は神の本性相と本形状のとおりに、個性を完成した人間一人の容貌に似た世界であるということを、我々は知ることができる。 人間において、その心の命令が中枢神経を通じて、その四肢五体に伝達されることにより、その人体が一つの目的を指向して動じ静ずるように、天国においては、神の命令が人類の真の父母をとおして、すべての子女たちに伝達されることにより、みな一つの目的に向かって動じ静ずるようになるのであ...
ことばを はなすことが できるのは ひとだけだ
- 2017/10/05
- 00:16

ちょっとした経緯から、15年ほど前に出版された、丸谷才一と山崎正和の対話集 『日本語の21世紀のために』 を読んだ。 「インテリ」という冠称がいかにも相応しそうなこの二氏。 私にはいささかの因縁があります。 山崎氏は劇作家としても名の通った方ですが、私が大学に入った時、その大学の所属学部の教授でした。 もっとも、氏の授業は受けた記憶がありません。 丸谷氏は、やはり大学に入ったころ、 『横しぐれ』 と...