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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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「天の父母様」という呼称はどこに由来するのか

「天の父母様」という呼称はどこに由来するのか

  去る基元節4周年を前にして開かれた「天一国指導者会議」の場で発表された2つの重要な講義。 一つは、アンドリュー・ウィルソン博士の「天の父母様と真の父母様」。 もう一つは、タイラー・ヘンドリックス博士の「真の父母様の権限および責任」。 本日の礼拝ではこの2つを要約解説する講座を視聴しました。 1回聞いてもその趣旨を的確に把握するのは難しいので、その後もう1回見直しました。 それでもまだ十分とは思えま...

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文先生の生き様から真の神様を見出せない人は哀れです * by fatherfujioka
>エデンの園でエバが堕落した後、神は彼女を呪い、
「お前はこれから産みの苦しみを味わうだろう」
と命じたとあります。
しかしこれは「父の発想」なのです。

親なる真の神様に対する無知からくる許しがたい偽りの神観です。

 「命には命で、目には目で、歯には歯、手には手、足には足、やけどにはやけど、傷には傷、殴ったことには殴ることで返せという復讐に満ちた律法主義は、創造主神様の性稟であるはずはありません。神様は愛であり、許しの神様です。」
http://furuta65.fc2web.com/001/makotono_kami/007_makotono_kamisama.html

「この世の親も自分の息子、娘が罪を犯して絞首刑に処されることになったとき、その子が死ぬことを願う親はいません。自分の思いどおりに子を助けることができるとすれば、百回でも千回でも助けてやりたいのが父母の心です。母親の気持ちはなおさらのことでしょう。堕落した世界の女性の心もそうであるのに、全知全能なる神様がいったい何ゆえに終わりの日になって審判をしなければならないのでしょうか。どうして神様が許してくださることができないのでしょうか。これです。神様はどれほど愛しておられるでしょうか。イエス様が七十回ずつ七回許すとすれば、神様は七十回ずつ七千回以上許すはずです。神様の心はそうなのです。 」(http://furuta65.fc2web.com/001/makotono_kami/009_makotono_kamisama.html

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お疲れ様です。
記事を拝見いたしました。

>「堕落したエバをどう慰労してやろうか。どうしたら早く復帰してやれるだろうか」「お腹を痛めて子どもを生むのは大変だ。生んだ子どもをどう育てたら良い子になるか、教えてやりたい」これが「天のお母様」の発想だというのです。堕落後の復帰摂理は男性を中心として、常にカインがアベルに屈伏すべき摂理として展開されました。それでリベカがお腹に双子を宿したとき、天の父は「兄は弟に仕える」と教えたのです。しかし母なら、そういう教え方をしません。「双子が生まれるが、その2人が争わないようにするには、このようにしなさい」と教えたいのです。そしておそらく、母や娘など女性の力を最大限に活用しようと準備されるでしょう。

とのことですが、少し、修正した方が良いのではないだろうかと思いまして…。

リベカは、何が、素晴らしかったのでしょうか?
リベカの信仰の勝利とは、何だったのでしょうか?
リベカは、二人の子供を争わないようにしたのでしょうか?
「母なら、そういう教え方をしません。『双子が生まれるが、その2人が争わないようにするには、このようにしなさい』と教えたいのです。」という説明は、ちょっとマズイという印象を持ちました。

リベカは、夫イサクに反逆しました。
リベカは、兄エソウの祝福を奪いました。
リベカは、ヤコブとエソウが争うように仕向けました。
そのリベカ(やタマル等)の勝利によって、イエス様降臨の条件が立ちました。

もし、教育部長さんの言う「天のお母様の発想」がリベカにあったとしたら、メシヤは、この地上に降臨できませんでした。

食口たちを混乱させる可能性があるように感じます。
記事(例え)の修正、削除をご検討いただけないでしょうか?

* by 教育部長
この記事は基本的に講義映像を参考にしています。ただ、私自身にも熟慮が足りず、少し論理が雑だったような気もします。
それにしても「天のお母様」は何を配慮され、どのように発想されるかということは、私たちが原理をより深く適切に理解する上で、とても有効な観点ではないかと思います。これまであまり意識されなかった観点です。原理講論は全体的に「父的な発想」が優位で書かれているような気がします。女性の登場場面もあまりありません。
リベカについても、いろいろな意見が出てくると面白いと思います。私は彼女の信仰の素晴らしさも感じますが、「もう少しこうしたらよかったのではないか」と感じる部分もあります。双子がもっと和睦的な道を行ければ、摂理はよく進んだかも知れません。おそらく母として努力をしたのでしょうが、誰もみななかなか完璧にはいかないものです。

No title * by 一食口
神様の名称が天の父母様になったのは、日本にとってはすごい祝福だと思います。
日本は、天照大神を奉ずる女性国家だから。

天の父母様について * by ヤン
>「『天の父』という呼び名しかないというのは、神の創造目的が未完成であることを意味する。
>「天のお母様」の発想という
>イエス再臨以後の完成成約時代は、妻の時代、すなわち、雌牛の時代であることを知らなければならない。

勉強になりました。ありがとうございます。

一つ質問があります。
以上のことはお母様が第二教主として立ったから「天の父母様」と呼べる時代になったということでしょうか?

それを感じているその人が責任を取らねばならない

それを感じているその人が責任を取らねばならない

  世の中で起こる様々な悩み、不幸を見て、(文)先生はその人たちの責任と見ないで、全部ご自身の責任として見るということです。「これを私がしなければならない」と感じ取られるのです。 往々にして教会の中や社会で、いろいろと心配なことが起こると思います。あるいは「あの人がこんなふうで困ります」とか「このリーダーは本当に困ります」と心配することがあります。それをどうとらえるかも、先生が歩いて来られた道...

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素晴らしい記事 * by コスタ
お久しぶりです。

全くそのとおりであり、私の生活信条としてるところです。そのように生きる人には堕落性が存在しないと思ってます。そのように考える世界には堕落性が存在することもできないと思います。

その反対に生きる人には堕落性がいつもつきまといます。脱皮できないです。素晴らしい記事、有難うございます。

運営側の論理 * by Tatsu
自分の中に問題があると考えるのは構いませんが
現実としては外に問題がある場合も多いと思います

教会を良くしていくための考え方としては
不足と言わざるをえません

この説明は協会の中でよく聞かれますが
位置のある人から発せられることが多く
自分の位置を放棄しているようにしか見えません

問題を認識出来ない人が責任者として教会を運営した場合
教会が良くなるどころか被害者が出ます

目に見えない内的な面では既に相当なダメージを受けています
そのことは「礼拝の人数が少ない」という形に出ています

* by なると
すべてのポイントだとおもいます 自分のことと捉えて解決していく中に神が共にあるでしょうね 神がそうなので...そういう捉え方がぱっと出来ないのは堕落性でしょうか?

コメントありがとうございます * by 教育部長
何人かの方からコメントをいただきました。
「問題はどこにあるか」
「問題をどのように受け止めるか」
ということは原理の重要部分だと思います。
「困ったリーダー」を例に挙げましたが、問題はリーダーに限らず、あらゆる対人関係に当てはまります。原理でいう蕩減問題もここに関わります。
「問題は私の中にある」
と考えながら、様々な問題を原理的に解決できると、私は考えています。
むしろ、ここを押さえたうえで対処しないと、本当の問題解決にはならないと思います。
このテーマについては、今後とも記事を通して触れていくつもりです。

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心配してくれる人の価値

心配してくれる人の価値

  教育系の美術部門を卒業することになった息子が、卒業制作展に出品するというので、車ではるばる12時間、静岡まで行ってきました。 さすが大学の4年間学んできただけあって、 「面白いアイデア、なかなか力作だなあ」 と唸る作品が並んでいました。 息子の友だちは私のことを見とめて、 「展示会のために12時間もかけて来たのか」 と呆れていたようですが、私には時間をかけてきただけの満足感がありました。その満足は、...

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過去の記憶に生きない人

過去の記憶に生きない人

 120年もかけて建造した箱舟を条件として大洪水を敢行された後、神様はノアの家族が堕落前のエデンの園に戻ってくれることを願われました。 ある日、ノアがぶどう酒を飲んで酔っぱらい、裸で寝ていた場面において、神様は何を願っておられたか。 アダムとエバが堕落する前、天真爛漫に裸体を現していたその時の喜びを取り戻したいと思っておられたのです。 ところが、結果はご存知の通り。 息子たちの行動によって、神様の摂...

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原理は難しくない

原理は難しくない

  久しぶりのゲストに堕落論の講義をしました。 両脇には霊の親(紹介者)と担当者が座り、3人が一緒に受講。 ゲストの時間があまりなかったので、講義が終わるや、そそくさと身支度をして帰って行かれました。 書いてくれた感想文は、わずか2行。 担当者がそれを持ってきて、私に見せてくれながら、 「時間もないけど、なかなか心の内を話してくれないんですよ。ここで勉強しながら、どうなりたいのか、原理を自分の問題と...

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お母様は歩みの中から見い出した * by fatherfujioka
お母様が「真の母」として摂理的に勝利するためには、これまでの蕩減歴史の全ての女性の心情圏を通過しなければならなかったはずです。
エバをはじめサラ、リベカ、ラケル、タマル、マリアたちが持っていた苦しみ、悩み、恨み、減少感などの心情全てをお一人で通過し、僅かな期間でそれを消化しなければならない路程は、正に想像を絶します。
お母様が地獄のような心情を毎日通過する中で、それを原理も知らず、文先生の助けも無い中超えていくには、「感謝する」「愛する」しか道がないという逆説的な真理に気が付かれたのだと思います。
「愛しています」「感謝しています」の2つの心情は復帰摂理の全ての女性の心情圏を勝利されていかれた時のお母様ご自身の思いであり、復帰摂理の峠を越えるキーワードでもあります。
そして、それは私たち自身が復帰路程を歩む中で超えるべき心情圏を抱えた時に持つべき姿勢でもあります。
ですので先駆けて真の母として摂理的に勝利されたお母様に対しては本当に感謝です。

しかし、神様の摂理の中では「真の母」として勝利されたお母様ですが、一方、お母様ご自身の「み旨」については残念ながら未完成であると考えざるを得ません。
それが目に見える形で示されたのが、文先生の基元節前のご聖和であり、これはお母様が神様の妻になる条件が立っていないことにより生じた出来事だと思います。
さらに現在では、これまでの勝利を帳消しにしかねない深刻な状況に陥ってしまっているようにさえ感じます。

麦畑のガラパゴスお父さん

麦畑のガラパゴスお父さん

  この2年間ほど、我が教会の成和部を引っ張ってきてくれた男の子たちがこぞって卒業する羽目になってしまいました。 極めて遺憾ながらも、今日は隣の教会との合同で卒業祝いをしてあげました。 企画内容は青年FEが中心になって担当してくれ、食事はお母さんたちが担当してくれたので、私がすることはほとんどありません。 教会からのお祝いと、二世たちが書き集めた色紙を渡すだけです。 男の子たちがいなくなった後は、...

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節ちゃんはいい子なんだ

節ちゃんはいい子なんだ

  日本家庭連合の草分けの一人である、櫻井節子夫人。 神様を感じるときは、自分の胸の内から湧き上がるような力を感じるそうです。 それは耳を通して聞こえるような声ではないけれども、非常に明瞭な言葉として伝わってくると言われます。 1965年、文鮮明先生が来日された時にもそういう体験をしました。 昼間の忙しいスケジュールを終えて、ほんのしばらくくつろいでおられる時間に、文先生のお部屋に呼ばれ、面と向かっ...

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ホスピタリティ教会体験

ホスピタリティ教会体験

  教会長に人事発令が降りると、教会の伝統は3日以内に異動。 今回は大きな行事が間近に控える中で、慌ただしい引越し作業となりました。 幸い、同一地区内の異動だったので、ワゴンに荷物を積んで私が送って行きました。異動先の教会は最近献堂した立派な教会と聞いていました。礼拝堂でも拝見して帰ろうと思って入ったところ、厚い接待を受けてお土産をもらい、美味しい夕食までいただくことになったのです。 スタッフの...

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ハムのDNA情報

ハムのDNA情報

  ハムが父親ノアの裸に遭遇した時、神様には神様なりの明確な願いがあったのです。 ここで神はノアが裸でいても、その家族たちがそれを見て恥ずかしがらず、また隠れようともしない姿を眺めることによって、かつて彼ら(アダムとエバ)が罪を犯す前に、どこを覆い隠すでもなく、ありのままの裸体を現していた、汚れのない人間の姿をご覧になって、喜びを満喫されたその心情を蕩減復帰しようとされたのである。 (原理講論...

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* by ナベトシ
その時、ハムがとるべき行動とは具体的にどうすれば良かったと思いますか?

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* by はちみつ
あちこちの記事にコメントして、申し訳ございません。

「ハムがあの時成功するためには、先祖から受け継いだ堕落性のDNA情報を消去する以外にはなかったように思えます。
それは祈りによって可能でしょうか。
何らかの神体験によって可能でしょうか。
あるいはそれ以外に、何か良い方法があるでしょうか。」

この答えは「祝福」でしょうか?
しかしながら申しあげにくいのですが、二世さん達は信仰されていない人が多いのが現状です。恋愛結婚した二世さんも知っています。
「祝福」では意味が無い、と宣言している分派もございます。
私も何が正しいのか、わからないままです。
この他に方法はありますか?

神様は私の髪の毛の数を正確に知っておられる

神様は私の髪の毛の数を正確に知っておられる

  信仰生活講座の初めに、よくこの聖句を引用します。 2羽のすずめは1アサリオンで売られているではないか。しかもあなたがたの父の許しがなければ、その1羽も地に落ちることはない。 また、あなたがたの頭の毛までも、みな数えられている。 それだから、恐れることはない。あなた方は多くのすずめよりも、まさった者である。 (マタイによる福音書10:29-31) 飛んでいるすずめが1羽、目の前で落ちることでさえ、...

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私たちの動機と教団責任者の責任 * by 原田和彦
私たちの動機は、イエス様が教えてくださったことでよいとしましょう。ではそういうふうに生きて、結果として生活ができなくなってしまった人は、だれが責任をもって養うのでしょうか?それは、教団責任者ですよね。

何を着ようか、何を食べようかと思い煩うなという。ならば、思い煩わなくていいように、教団責任者が私たちを責任をもって養う。その両輪がそろって初めて、教団経営は正常に行われるのだと思います。

教団責任者が、それは神様が責任を持ってくださるからいいと思ったら、もう誰もついていけないですよね。どうでしょう。そのあたりの講義もされていますか。イエス様の言葉を、教団の責任を回避するために使っていませんか?

甘受するだけの価値はある

甘受するだけの価値はある

  先日「復活論」の講義をしていた時のことです。 この世で暮らす中で、私たちは大小さまざまな「苦痛」に出会う。 その「苦痛」は一体どこから来るのか。 復活論はその由来を、霊界まで含めたシステム「悪霊人の再臨復活現象」として説明してくれている。 その「苦痛」を地上人が「甘受」できなければ、地上人も、地上人に「苦痛」を与えた悪霊人も、ともに復活することができない。 甘受とは、「その苦痛を当然のことと...

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* by りんご
本当にその通りだと思いました

私は何かに感謝したらいいんでしょうか

私は何かに感謝したらいいんでしょうか

   過去3ヶ月ほど、教育生を対象にして続けてきた信仰生活講座を、いよいよ信仰歴の長い会員を相手にして講義するようになりました。 今日がその1回目です。 参加者は約10人。 非常にやりがいを持って講義に臨みましたが、初回のせいか、反応が思ったほどには芳しくありませんでした。 まだ、様子見という感じもしました。 これからが楽しみです。 講義が終わった後、一人の婦人から話しかけられました。 「教育部長さ...

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感謝 * by 佐藤史代
私は在韓の韓日家庭なので日本の信仰の考え方と多少違うかもしれません。
私の場合、二世が教会に反抗的で二人の娘が教会から離れています。
実は私も教会の活動にも積極的で中心メンバーでした。
やはりこのご婦人のように考えた事があります。
何故、うちの二世だけダメなのだろう。他の家庭は親と共に教会に来るのに...。私が特別、教会を怠けているわけでもないのに。
いろんな思いが交差しました。
私も何に感謝するべきか探しあぐねました。

答えは意外な所でヒントを得ました。
僧侶の説法の中でたまたま「これ位の果報で済んで本当に良かった」と思いなさいという言葉を聞いたのです。

夫や夫の親族にどれほどはべったかが子供の心性に出る、
そして勿論、先祖から受けた蕩減の質、量、深さ、等々。

もしかすると、二世など産む事のできない背景だったかもしれないのに、真のご父母様のご加護で奇蹟的に授かった二世なのかもしれない。悪い不良になってもっと親を泣かす子を持つべき私の生きざまだったかもしれないのに、清平の役事でこれ位の反抗で済んでいるのかもしれない。
もしかすると、自分には離婚・死別の蕩減があったかもしれないのに、夫が元気で横にいて下さる事自体が、奇蹟なのかもしれない。

横にいてさえくれれば可能性はありますよね。夫復帰も二世復帰も。

他人と比べた瞬間、生き地獄です。
感謝は、これ位の蕩減で済ませて下さっている事自体なのだと、なんと、僧侶の説法で先程気付き、長い文になってしまいました。

* by なないろ
改めて私も今ある幸せに感謝しなければならないなと思いました。
人と比べると本当にしんどいです。
なんで私ばっかり苦労しなければ駄目なんだろうと思いますが、そんな時こそ感謝ですよね。
ブログ更新いつも楽しみにしています。