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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2015年12月

皆さんは独り娘を信じますか?

皆さんは独り娘を信じますか?

  12月25日、クリスマスの日に天正宮で語られたというお母様のみ言葉を読ませていただきました。 お母様としては少し長いお話ですが、その中から2つだけポイントをご紹介してみます。 ① 独り娘について ② 清平役事について お母様はご自分が神様の準備された「独り娘」であることを、ここでも強調しておられます。 この「独り娘」という言い方は、明らかにイエス様が初めて表明された「独り息子」、そしてその再臨者と...

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あの猫は、知っていたんだろうか?

あの猫は、知っていたんだろうか?

  12月の初旬、1年以上ぶりに静岡の息子を訪ねようと決め、出発予定の数日前に、朝、ちょっとした用事でいつもと違う道を通って教会に向かいました。 下り坂に差し掛かって、車に少しスピードが出てきたと思ったその刹那、目の前を白い猫が猛ダッシュして横切ったのです。 「あっ」 と思いましたが、ブレーキをかける間もありません。 もしかけたとしたら、後ろの車に追突されたでしょう。 前のタイヤから「ゴトン」という...

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「私」を主語にしない

「私」を主語にしない

  『世界家庭』(天暦11月号)に載った文妍娥(ムン・ヨナ)様の講話の中で、印象深かった部分を抜粋してみます。 目を開ければ、きょう1日、自分が真の父母様とどのように基準を合わせて生活できるかを考え、昼食時間になれば、真の父母様は何を召し上がったのか、喜ばれたのかを、先ず考えなければなりません。.... 自分はこうだった、なぜこうなのだろうと、「私」が主語になり、「私」に対する思いで終わるのではなく...

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天国だけを教えればいいと思うよ

天国だけを教えればいいと思うよ

冬休みに入って娘が帰ってくるというので、途中まで迎えに行きました。 娘の話のトーンはいつものようです。 「私、大学に入ってすごく落ち込んだのよ。分かってたでしょ?」 と言うので、 「うん、今までとはだいぶ違うぞとは思ってた。環境適応能力が低いのかね?」 と問い返すと、 「ほんと、そう」 クラスのみんなはうまい具合に友だちを作っていくのに、自分だけはなかなか友だちを作れない。 ちょっとしたことで、すぐ涙がで...

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モーセの向こうに神は何を見ておられたか

モーセの向こうに神は何を見ておられたか

  どういうわけか、昨日散々だったモーセ路程の講義を、今日また不思議なめぐり合わせで再びすることになりました。 まだ到底神様の自叙伝を読み解いたとは言えませんが、講義の一部を音声としてアップしてみます。 今日の講義で注目したのは、3つのみ言葉です。 一つ目は、アモス書3:7です。 主なる神は、そのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない。 二つ目は、昨日の記事でも紹介...

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神様の自叙伝は容易に読み解けない

神様の自叙伝は容易に読み解けない

  今日「モーセ路程」の講義をしてみたのですが、結果は散々でした。 「講義は、つくづく難しい」 今更ながら、講義することが怖いと感じました。 教義書のような体裁を取る文面に隠れて見えない神様の「気持ち」が、私にはあまりにも分かっていない。 これほど分かっていないことを、これまでよくも講義してきたものだと、自分の大胆さに呆れるというより、肝を冷やしたのです。 モーセの生涯は聖書にもかなり詳細に記述...

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2つのみ言葉への2つの疑問

2つのみ言葉への2つの疑問

  アダムとエバは、大きく2つのみ言葉を神様からいただいていたと言えます。 一つは、三大祝福のみ言葉。 そしてもう一つは、 「善悪の実を取って食べてはならない」 という戒めのみ言葉。 三大祝福のみ言葉は、希望のみ言葉であり、2人が向かうべきゴールを示すみ言葉でもあります。 そして2つ目のみ言葉は、そのゴールへ到達するためのみ言葉です。 最初のみ言葉があって、2つ目のみ言葉がなければ、2人はどのようにし...

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主の霊のあるところには、本当の自由がある

主の霊のあるところには、本当の自由がある

  コリントⅡ3:17に 「主の霊のあるところには、自由がある」 と言われた。 我々はこのような自由を本心の自由という。 (「原理講論」127) 私たちは例外なく誰でも束縛を嫌い、自由を願います。 しかし聖書は、自由にも2種類あると言っているようです。 パウロはコリントの信徒に向けて、 「主の霊のあるところにこそ、本当の自由がある」 と強調しているのです。 本当の自由があると言うのなら、一方には幻想の自由も...

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記憶「ゼロ」の神様

記憶「ゼロ」の神様

  私のノートPCはHDが500GBですが、メモリは2GBしかありません。 HDは今のところ十分ですが、少し重たい仕事をしようとするとメモリがネックになります。 これを人間の脳と意識に喩えると、HDは潜在意識、メモリは顕在意識。 若い時はメモリが最大になって8GBにも16GBにもなるが、歳とともに次第に縮小し、2GBになり1GBになる。 メモリが小さくなると、物事がすぐに思い出せなくなります。 HDには記憶があるのに、アクセス...

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罪の定義を再考する

罪の定義を再考する

  ある時、夜中に目が覚めてそのまま寝つけず、うつらうつらしている時に、ふと頭に浮かんだ事があります。 夜中の妄想ですから、ニガリの足りない豆腐のような感じで、ふわふわしてあまり論理的ではありません。 原理講論の「堕落論」では、罪を次のように定義しています。 サタンと相対基準を造成して授受作用をなすことのできる条件を成立させることによって、天法に違反するようになること。 天法とは何だろうか。 ...

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おばあちゃんには敵わない

おばあちゃんには敵わない

「おばあちゃんには敵わないなあ」と、思うことがしばしばあります。おばあちゃんとは言っても、私の母のことです。今年85歳。だいぶ歳をとってきました。もうかれこれ1年半あまり、ほぼ毎晩2人で書写行を続けています。書写を1枚書くと、その後、み言葉を訓読します。今は、あの大冊『天聖経』です。読み終えると、いろいろ話し合います。「良い言葉だねえ」と母が言うと、「こんなに良い言葉は、どこに行っても聞けないね。お母さん...

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原理はちっとも難しくないのに

原理はちっとも難しくないのに

  昨日の記事で書いた 「教会長が原理講義をガンガンやっていくべきだ」 という先輩の話から考えたことを、もう少し整理しておきたいと思います。 考えたことは、次の2つに整理できます。 ① 魅力的な講義とはどういう講義か② これまで我々は原理の価値をかなり低めてきたのではないか 先ず①について。 これまでの私の講義を正直に振り返ってみると、 「原理を伝える講義の域をあまり超えなかったな」 と思います。 「...

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* by tenmondai
原理以外のものを手段として使い、原理に導くと言う方法は、本来の道ではないと思いますが、一つの方法だと思います。ただ、今まで問題になったのは、その手段が目的になってしまったことです。

tenmondaiさんへ * by 教育部長
手段が目的化してしまったとしても、なぜそうなったのか。その辺りをよく見極めないと、なかなか本道に戻れないかもしれない。そんな気もします。