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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2014年09月

ばななの中の「小さな人」

ばななの中の「小さな人」

作家のよしもとばななさんは、私はその作品をこれまで読んだことがないのですが、 「ゆずれないもの」 というエッセイの中で、 「私には小さい頃から、自分の中の『小さな人』といつも対話しながら生きてきた」 と書いておられるのを見て、関心を持ちました。 自分の中の小さな人と親しい人は、外からはちょっと「変わった人」に見られます。 石や花と話をし、花瓶が割れただけで可哀想だと泣き、イライラした人が部屋にはいると頭...

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彼が原理講義に取り組めないのはなぜか

彼が原理講義に取り組めないのはなぜか

今年も成和学生たちの中和文化祭が近づき、我が教会からはナント、原理講義部門とスピーチ部門の2つに挑戦することになったのです。 これまで長い間、我が教会の成和部はほそぼそとしたもので、文化祭があると言っても全くの傍観者でした。 一昨年、教会長の娘さんが原理講義部門に出場。 我が教会からは初めての画期的な挑戦でした。 しかも、地区予選で優勝したと思ったら、西日本大会でも優勝。 ナント、全国大会でも優勝し...

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* by 匿名食口
母親は、ご自分の課題に少しは気付かれたでしょうか?

原理、神様の愛を学んでいながら、
あまりにも、子供の自尊心をへし折る対応に、驚くというか、
だからか、と二世達の苦悩を納得します。

セルフイメージが低すぎます。

匿名食口さんへ * by 教育部長
私としてはそのお母さんを批判する気持ちで書いたつもりではないのですが、ちょっと書きすぎたかもしれません。
我々の多くが似たような課題を持っていると思いますし、またそれを克服していく過程にあると思います。神様の導きの中で、それを克服していきたいものです。

No title * by 匿名食口
私は批判していません。自戒も込めてます。
私も母親ですから、このお姉さんのことは理解できます。
(批判という言葉の出処は「批判と受け取られた」と感じている教育部長さんの『思い込み』からです。自身の感情の抑圧もどうぞほどほどに。)

普通にしてきたこと、また正しいと思ってしてきたことが、子どもの心をへし折ってしまっていることに気づくために起きた、そのことに気づいてほしい、私もそうやって何かあるたびに自分の中を省みてる、そんな思いで書きました。

私自身、二世の心に触れる機会があって、過敏に反応したのかもしれません。
特殊な環境ゆえか、心の病は深刻です。
でもまた並々ならないたくましさも兼ね備えているのには驚かされますけどね。そこは、神様の愛の相続者なんだなって実感します。

独り娘は何をしなければならないか

独り娘は何をしなければならないか

創世記の失楽園の物語を解いてみると、それは禁断の果実を2人が食べたことではなく、男女の聖なる愛を犯したことだった。 そのように、原理で学びました。 結局、その時に何が起こっていたのでしょうか? いつの間にか、血統がひっくり返っていたという話です。 アダムとエバには、堕落の前も堕落の後も、見た目には何らの変化もなかったでしょう。 それで、これまで多くの人は、 「ああ、禁断の実を食べて、2人は神の戒めを破...

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「サタンを追い出す方法を教えよう」

「サタンを追い出す方法を教えよう」

この1、2週間、浄化精誠の講義を聞いたり、自分であれこれ考えたり、見よう見まねで少しずつ実践したりする中で、今朝、一つの夢を見ました。 誰の声だったのか、よく分かりませんが、 「サタンを自分の中から追い出す方法を教えよう」 という声が聞こえてきました。 一体、どういう方法でしょうか。 「自分の中の邪悪な要素を明確にしなさい」 と、その声は続きました。 「あなたの中の邪悪な要素を明確にすればするほど、サタ...

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サタン? * by かんちゃん
サタンはもういないと 言ってたのじゃないかな?
なんでサタンが出てくる?

かんちゃんさんへ * by 教育部長
サタンとは第一義的には、エバを誘って罪を犯した天使長ルーシェルですが、原理講論の総序に「億万のサタン」という表現があるように、広義には、ルーシェルとその配下(あるいは仲間)の天使たちを総称して「サタン」と呼ぶというふうに、私は理解しています。
したがって、1999年にサタン(ルーシェル)は謝罪して、改悛したものの、その残党たちは残っているというのが実情だと、これは大母様か李相軒先生のお話にあったと思います。

2つの発想の岐路

2つの発想の岐路

私たちは「自他」を区別して考えることに慣れているので、普通、相手の問題は相手自身の中にその原因があると考えます。 誰かが病気になれば、それはその人の不養生か、先祖からの遺伝子に問題がある。 誰かの家族が不仲になれば、それもその家族相互の愛情不足か、先祖からの蕩減かに原因がある。 そう考えるので、相談を受けると、自分はその問題の外にいるという前提で、相手に何らかのアドバイスをしようとします。 ところ...

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私に内在する神様

私に内在する神様

先日の書写会で、 「神様は誰の中にも住んでおられるのか」 というテーマが出てきて以来、私はそのことをずっと考えています。 それと併せて、 「人間の神性とは何だろう」 ということも、気にかかっています。 『世界経典』の第1部「神様と創造」の中に、次のような文先生のみ言葉があります。 巨大な神様ですが、人間は小宇宙なので、私が神様の中に入っていくことによって、その巨大な神様が私の中に入ってきたことを感じるの...

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書写会談義、後日談

書写会談義、後日談

  つい先日の夕方のことです。 仕事を終えて帰ろうとしたところ、 「教育部長さん、ちょっと5分だけ時間がありますか?」 と呼び止められました。 先日の記事(「あなたの中にも神様は住んでおられますか」)にも書いた、書写集会で一緒だった方です。 「実は、あの書写会の日にね・・・」 と言って、話し始められたのは。 その日の夜、書写会であったことを奥さんに話してみたというのです。 すると、奥さんから、 「誰...

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神の「かたち」はどこまで破壊されたのか

神の「かたち」はどこまで破壊されたのか

前回の記事「あなたの中に神様は住んでおられますか?」の続きです。 人間始祖が堕落して以来、人間はどのように変わったのか? 元来、人間は神様の「かたち」に似せて創られたと、聖書の創世記にあります。 人間が堕落することによって、この神の「かたち」はどうなったのでしょうか。 「かたち」はまったく破壊されてしまったのか。 それとも、堕落したとはいえ、「かたち」の一部は壊れずに残っているのか。 この問題は、キ...

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あなたの中に神様は住んでおられますか?

あなたの中に神様は住んでおられますか?

本日のグループ書写会では、 「浄化精誠」 についての講義映像を視聴し、その後でそれについて話し合いました。 浄化精誠については、今後の記事で少し詳しく触れてみたいと思っています。 本日の集会では、長い映像を全部見る時間はなく、さわりだけを見ての話し合いでしたから、その真意を十分に理解できたとは言えなかったかも知れません。 それで、私にとっては少し想定外の感想も出てきたのですが、それはある意味で重要なポ...

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旦那さんの皿洗い、その後

旦那さんの皿洗い、その後

先日の記事「性相はあるが、形状がなかった」で紹介した証の主人公が教会に来られたので、しばらく話しました。 「あれ以来、食器洗いは続いてますか?」 と尋ねると、 「ええ、一応続いてます」 との答え。 「トイレはどうですか?」 との質問には、 「トイレは続いてませんね。どうやら一時的だったようです」 とのこと。 食器洗いは当の壮年が家で続けていることで、トイレ掃除は奥さんがやったことです。 旦那さんが今までにな...

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No title * by tenmondai
見習わないといけませんね。家庭内だけでなく社会でも。

tenmondaiさんへ * by 教育部長
本当にそうですね。
そして、継続も大切です。

愛を知れば、飛ぶことができるのよ

愛を知れば、飛ぶことができるのよ

本部から届いた 「比翼の鳥」 という伝説を拝読して、私も妻が霊界に聖和した時、 「翼がもぎ取られたようだなあ」 と感じたことを思い出しました。 比翼の鳥というのは、中国の有名な詩人、白居易(白楽天)の「長恨歌」に出てくる鳥です。 「在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝」(天にあっては願わくは比翼の鳥となり、地にあっては願わくは連理の枝とならん) 「連理の枝」 というのは、根が異なる2つの木の枝や幹が途中で連結さ...

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性相はあるが、形状がなかった

性相はあるが、形状がなかった

先日のホームグループ書写会では、その数日前の教区出発式で語られた教区長の映像を視聴し、その感想を中心に話を進めようと考えていました。 ところが、いざ映像の後で順番に感想を求めると、意外と講話に対する感想はあまり出ず、その代わりにいくつかの興味深い証が出てきたのです。 その中でも最も印象的だったのが、ある壮年の証でした。 その方は、先週の書写会の時に、率直な告白をされたのです。 「家庭の家族関係が難し...

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