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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2013年03月

復活の愛「悲しみのあまり死ぬほどである」

復活の愛「悲しみのあまり死ぬほどである」

  復活祭。 グレゴリオ暦を用いる西方教会では、今日3月31日。 ユリウス暦を用いる東方教会では、5月5日。 天暦ではどうなるのか分かりませんが、統一教会にいるとこの祝日をあまり意識することがありません。 しかし、この日は独りキリスト教にとってだけでなく、人類全体にとって決して忘れることのできない、神様の復帰摂理上において画期的な日であることは間違いないでしょう。 キリスト教の基礎は、イエス様の...

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原理が分かっていなかった

原理が分かっていなかった

 昨日我が教会に来てくださった講師は、3年前一緒に中級原理教室に参加した同期生でもあります。 その後、昨年の上級教室にもともに参加しました。 「初めて参加した原理教室で思いもかけないショックを受けた」 と彼は話すのですが、私も似たようなショックを感じました。 どんなショックだったかというと、 「これまで自分は原理を本当に分かっていなかった」 という、かなり根本的で深刻なショックです。 それまで責任者...

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最も重要なみ言葉は何か?

最も重要なみ言葉は何か?

  「み言葉の中で最も重要なみ言葉は何か?」 本日、教区本部から講師を招いて特別集会を持ちました。 講師が講話の中で質問したのが、冒頭の内容です。 これはもともと、文先生ご自身の質問なのです。 この回答を3年前に参加した原理教室で聞いたと、講師は言いながら、 「この答えを聞いた時、どうしてこれが一番重要なみ言葉なのか分からなかった」 と告白しました。 その答えとは、 「天のお父様」 というみ言葉です。 ...

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承認待ちコメント * by -

天のお父様 * by 真理子
私は27年前食口でした
9月3日の早朝、不思議な夢を見て真のお父様の事が気になり、Yahooで検索したら、ご聖和の事実を知り驚愕して、私に自叙伝をプレゼントしてくれた今の霊の親の人に連絡を取りました

その後 お葬式の夢を見ました。 真のお父様の聖和式でした。
私は『せめて真のお父様と握手でもしたい!』と思い、夢の中で右手を伸ばしました
すると何かが、私の右手を暖かく力強く見えない両手で包み込んだのです。夢の中で本当に驚きました

それから
何かの力に突き動かされるかのように、いても立ってもいられず
一人で弔問に行きました
弔問に行った後はビデオの講義を聞きたくなり、
基元節には祝福も受けさせて頂きました


27年も離れていると、お祈りの仕方さえ忘れていました
皆さんがお祈りしている時、言葉が出て来なくて、まさに私は、「天のお父様…」しか言えませんでした

天のお父様…天のお父様…真のご父母様…

そうとだけ呟き後から後から涙が出て止まりませんでした

27年ぶりに通い始めた頃は 教会に行くだけでも、ビデオを見るたびにでも涙が溢れました

天のお父様

ただそれだけのつたない祈りを天のお父様が聞いて下さったかのようでした

天のお父様

と口にするとき、一気に万感の思いが、皆様も、胸に押し寄せると思います

何だか
その一言を言うだけで、その万感の思いが、心情が、神様に伝わるのではないかとさえ思います


だから
教育部長さんの、この記事を読ませていただき、驚きました

読ませて頂き感謝です

「いつも私のとなりに神様」さんと
「今日もいいことがある!」さんのブログとともに、
bookmarkさせて頂き、日々の自分伝導の、心情の糧として、いつも読ませて頂きます
本当にありがとうございました



Re: 天のお父様 * by 教育部長
貴重な証をありがとうございます。
基元節の素晴らしい証ですね。これからもっと天のお父様、天の父母様と呼んでいきたいと思います。

2番煎じになりますが。 * by fatherfujioka
貴重な証をありがとうございます。
また、真理子さんの証も意味深です。
きっと教会を離れてもいても、正しい生き方をしておられたので、お父様が訪ねてこられる条件があったのでしょうね。
それを考えると何十年も教会に通って、献金もしているのに大した証もない今の教会員(私も含めて)の生き方とはどうなのか、考えさせられます。

周波数を合わせよ

周波数を合わせよ

 もう少し、李海玉サモニムのお話から、その一部を紹介します。 ☆☆☆ 周波数を合わせることが大切です。 ラジオでも、ちょっと周波数が合わないと雑音が入ります。 周波数が合えば、今真のお母様が何に関心を持たれ、何を進めようとしておられるかが分かってきます。 あちらこちら動き回る必要はありません。 周波数が合えばいいのです。 今は、先祖500代を動員できる時代になっています。 霊界は地上人が動くことを待...

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* by Lina
全く全くそのとおりだと思います。祈りは霊的基台になるんですね。

温かい布団のようにあなたを包んでいるよ

温かい布団のようにあなたを包んでいるよ

  宋龍天総会長の夫人、李海玉サモニムが教会の婦人代表を集めた席で語られた講話の中に、このような指摘がありました。 ☆☆☆ 皆さんの自己紹介を聞いていると、子女が多いですね。 これから100万食口を作っていくのは、天の父母様の絶対的な指示です。 しかし、すでに私たちはそれよりも大切な基盤を内的に持っています。 それが私たちの二世です。 しかし問題は、その子女をしっかりと育てられなかったということです...

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5人目の感激的な花束

5人目の感激的な花束

  昨日の特別集会が始まる前、進行役が会場に問いかけました。 「この中に今日が誕生日の方はおられますか? 手を上げて下さい」 すると、1200名くらいの会場で4名の方が手を上げたのです。 「心配しないで下さい。壇上に上がって歌を歌って下さいなどとは言いません。何か良いことがあるかも知れません」 会場から笑いが起きました。 集会が始まりました。 宋龍天総会長夫妻が登壇され、代表者から花束を贈られました...

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* by 平和を愛する天国人
宋龍天総会長がこういうことを自然に行えるというのは普段から実践しているからではないかと思います。すばらしい総会長を迎えて7年路程を出発できることに感謝です。

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一晩中、小さな椅子で微動だにされない方

一晩中、小さな椅子で微動だにされない方

  宋龍天(ソン・ヨンチョン)総会長夫妻をお迎えしての特別集会に参加し、李海玉(イ・ヘオク)夫人の証が印象に残ったので、ご紹介します。 ☆☆☆ 欧州の宣教活動をしていた2005年の11月、ご父母様がデンマークに来られたことがあります。 コペンハーゲンで大会が翌日に予定されていました。 ところが、デンマークには教会員が100家庭足らず。 ご父母様の大会を準備するにはあまりにも働き手が少ないので、オー...

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共感の力

共感の力

  「私がその人に本当に深く共感すると、その人は自分から執着を手放すようになるんです」 こう話してくれたのは、私の親しい教育部長です。 彼はどこかで専門的にカウンセリングを習ったのではないのですが、20年来の経験と独学によって実質的なカウンセリングの効果をあげています。 昨年の秋頃から、パニック障害の青年を受け持つようになりました。 週に1回から2回、来る度に3時間から5時間、彼の話を聞くのだそう...

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実体的三位一体の時代

実体的三位一体の時代

  原理講論の「キリスト論」の中に、キリスト教で言う「三位一体」に関する原理的な解釈が載っています。 「神の創造目的を達成するためには、イエスと聖霊は神を中心とする四位基台を造らなければならない。このとき、イエスと聖霊は神を中心として一体となるのであるが、これがすなわち三位一体である」 二千年間、この三位一体はあくまでも霊的な次元にとどまっていたのですが、基元節を迎えて今やそれが実体的になった...

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教えてください * by gildong
>無形の本体であられる神様(夜の神様)と実体の真の父母様(昼の神様)とが完全一体化した基盤の上に、その三者を総称して言う呼称です・・・

基元節前の統一教の見解(呉澤龍氏)では、夜の神様が文先生で、昼の神様が韓総裁であると言っていたように記憶していますが、
上の説明(神明忠明氏)では、神様が夜の神様で、真の父母が昼の神様となっており、完全に異なる見解になっています。

二つの異なる見解がどうして存在するのでしょうか?
このような場合、通常、先の見解が間違いだったと認定したことになりますが、如何でしょうか?
基元節を過ぎて神様が変質したということでしょうか?

Re: 教えてください * by 教育部長
gildongさんへ。コメントと質問をいただき、ありがとうございます。
だいたい同じ内容を個人メールでもお送りしましたが、コメント欄でも記しておこうと思います。

ご指摘をいただいた後、呉澤龍教授の「昼の神様、夜の神様」に触れた論文を探してみましたが、手元には見当たらず、知人に尋ねても持っている人がいないので、ご返事が遅れました。私自身、呉教授の著作を読んだような気もしますが、曖昧ですので、ご質問の件については明言ができません。
正直なところ、これに関するみ言葉は難解であり、いまだ人によって微妙に解釈が異なっているのが現状のような気がします。
例えば、文亨進様はこんなふうです。
「夜の神様は超越的な神様として全ての万物と時空間が創造される前の無の状態、夜の暗い状態での見えない神様であり、有の状態、時空間の創造後歴史が始まった後の動きの神様、摂理の神様といえる存在が即ち昼の神様です」(2012.1.29)
それに対して、
「我々が、今まで神様と言ってきた概念は夜の神様のことであり、昼の神様とは、地上に人間の体を借りて現れた完成されたアダムとエバを含めていう神様の概念です」
というように解釈する人もいます。
どれが正しく、どれが間違っているということは、今の私には即断できません。表現上では違っているように見えても、意味としては通じている点があるようにも思えます。
今の時点では、大体次のように考えています。

「夜の神様とは、創造を始められる前の無形の本体、縦的(超時空間)であり性相的(男性的)な神様。それに対して昼の神様とは、創造を始められた後の神様であり、ご自身は無形ではあるが、ご自身のかたちを写した実体(特に人間)までも一体として含む神様。ゆえに横的(時空間)であり形状的(女性的)な神様とも言える。真の父母は神の実体としての代表的存在として、その方を「昼の神様」と表現しても、まったく的外れではないと思う」

それで、神明先生の「実体の真の父母(昼の神様)」という表現をそのまま紹介しました。先生にはもっと深いご理解があるのかも知れませんので、これは飽くまでも私の理解した範囲です。

このような見方がどれだけ正鵠を射ているのか、私にも分かりませんが、今後、色々な方の知見や議論を通して、より深く正しく理解できるようになることを願っています。

呉教授の説明がお手元にあれば、正確なところを教えていただきたく思います。

その解釈は可笑しいです * by クリエイト
>「夜の神様とは、創造を始められる前の無形の本体、縦的(超時空間)であり性相的(男性的)な神様。それに対して昼の神様とは、創造を始められた後の神様であり、ご自身は無形ではあるが、ご自身のかたちを写した実体(特に人間)までも一体として含む神様。ゆえに横的(時空間)であり形状的(女性的)な神様とも言える。真の父母は神の実体としての代表的存在として、その方を「昼の神様」と表現しても、まったく的外れではないと思う」

 失礼な言い方かも知れませんが、余りにも原理講論を無視し過ぎてはいないでしょうか。
原理講論には「被造世界が創造される前には、神は性相的な男性格主体としてのみおられたので、形状的な女性格対象として、被造世界を創造せざるを得なかったのである。」と書かれています。
 つまり、神が性相的な男性格主体というのは 被造世界と対照した神の形容であって、たとえ被造物を創造される以前であっても 本性相と本形状を属性として既に持っているのです。
従って「性相的(男性的)な神様」「形状的(女性的)な神様」という発想ができること自体が異常です。 
 何故 被造物、人間を「形状的(女性的)な神様」と言うことができるのでしょうか。
もし被造物も「形状的な神様」と呼ぶような神様という言葉の使い方が許されるのであれば、全ての存在物は神様であることになり、創造主、第一原因としての神とその神によって創造された被造世界、人間という概念自体が成り立たなくなってしまいます。
 原理講論では被造物、人間を「神の実体」などとは表現しておらず、神の実体対象というように書いてあります。
この意味の違いぐらいは理解してもらわなければ困るのですが、実体対象とは あくまでも本体から分立された対象という意味で 神という概念から切り離されたものであるのは明らかです。
 従って、原理講論を真面目に読んでいれば「真の父母は神の実体としての代表的存在として‥‥」などと言う可笑しな文言を書けるはずがありません。
完成した人間は神の実体対象として神性を帯びるようになるが、神御自身ではないというのは原理の基本中の基本であり、それを理解できなかったところから過去のキリスト教は間違った信仰を持ってしまったというのも、原理講論の常識です。
 しかしながら、教育部長さんが原理講論の内容が間違いであると思っているのなら話が変わってきます。
もし、原理講論と違った原理を信じておられるのなら、それを明確にすべきではないでしょうか。
そうでなければ、上記のような 明らかに間違った原理解釈は統一原理を勉強中の信徒に混乱を呼び起こします。

Re: その解釈は可笑しいです * by 教育部長
クリエイト様。懇切なご指摘、ありがとうございます。
ご指摘を拝読しながら、私の原理理解も不十分であり、説明も舌足らずなところがあったように感じました。今後、もう少し整理する必要があると思います。現時点で、少しだけ補足してみることにします。

「神の実体」という表現は、ご指摘のように、やはり「神の実体対象」としたほうが、より適切だと思います。しかし同時に、イエス様が「私を見たものは神を見たのである」と言われたように、「神の実体」と表現したほうがより実感的である場合もあるように思います。
ただ、私も完成した人間が神ご自身であると考えるものではありません。キリスト論にある通り、「体は心に似た実体対象として、心と一体をなしているので第二の心とは言えるが、心それ自体ではない」ということを理解しているつもりです。

その上で、原理講論には明確に記述されていない内容が、お父様の説教のみ言葉にいろいろあることも確かだと思います。例えば「神様は成長される」とか「神は完成した人間を(服を着るように)まとう」などです。このようなことと本体論の学びを通して、神様にとって自らの「実体対象」がどれほど切実に必要だったかを考えるようになりました。ある意味で、実体対象がなければ、神様が単独で存在されたとしても存在の意味がないようにさえ思われるのです。

ご指摘のように、「神様は性相的な男性格主体としてのみおられたので、形状的な女性格対象として、被造世界を創造せざるを得なかった」と原理講論にあります。なぜ「せざるを得なかった」のでしょうか。それは、男性格と女性格とが一体となって喜びを感じたいという抑えがたい「心情」のゆえだと思います。神様は、ある意味で、自分以上に実体対象がほしかった、それがなければ神様ご自身が完成しない。それほど切実に実体対象が必要であったので、時空間の中で実体を創造することが神様の本質と切っても切り離せない行為であったと思います。

そういうところから、実体の世界と関わる「昼の神様」というみ言葉が出てきたのではないかと、私なりに考えています。ただし、私も明瞭に分かっているのではありません。今後とも、討論の議題として扱われ、より深い理解に至ることを願っています。

私も原理から外れるべきではないと思います * by gildong
>神様は、ある意味で、自分以上に実体対象がほしかった・・・

これはその通りだと思います。愛なる神様は必然的に愛の対象を必要とするでしょう。

しかし、それは愛を実感すること、愛と美の顕現であって、成長とは異なると思います。神様は、創造のみ業が完結していない現在であっても、唯一不変永遠絶対であり完全であって、人間創造の結果として三位神に変質することはないと思います。
当然、文先生にもイエス様にも人間としての責任分担があった筈です。

さらに、

>男性格と女性格とが一体となって喜びを感じたい・・・

この点には違和感を感じざるを得ません。

神と人間は親子の関係だった筈です。

あまり突き詰めると気持ち悪い話になるので、止めておきますが、
神様の縦的な愛が人間において横的に展開するのであって、神様が横的になることはないと思います。

神様の結婚式とはご自身の本陽性・本陰性の実体対象である神様の息子・娘の結婚式であって、神様が婿になるわけではないと思います。

Re: 私も原理から外れるべきではないと思います * by 教育部長
神様が成長されるというのは、他でもない、愛が成長するということだと、私は捉えています。
その愛の中には、子女の愛もあり、兄弟の愛もあり、そして夫婦の愛、父母の愛もあります。特に、男女の愛である夫婦の愛は、神様にとっても極めて重要だと思っています。

原理 * by コスタ
 問答を読ませていただきました。私はそれぞれの原理の解約が違うところから正してから議論れることを願います。同じ原理について議論されても良い結果はみられないように思います。

神は審判を予定し得ない

神は審判を予定し得ない

原理講座を継続して開いています。 本日の講義箇所は、「予定論」と「キリスト論」でした。 予定論の中には、 「神は、このみ旨を善として予定して達成される。なぜならば、神は善の主体であるので、創造目的も善であり、復帰摂理の目的も善で、その目的を成就する『み旨』もまた善でなければならないからである。故に、神は人間の堕落とか、堕落人間に対する審判とか、宇宙の滅亡などを予定なさることはできないのである」 とあり...

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み言葉をもって討論せよ

み言葉をもって討論せよ

  光言社 e-News No.551(2013.3.15)の「み言ナビゲーション」に紹介されていた文鮮明先生のみ言葉がとても示唆的だったので、ご紹介します。 ☆☆☆ 皆さんの子女たちもいつかは「原理」を聞くでしょう。そうしたら、聞いただけで放っておいてはいけません。彼らが十代の青少年の時に原理のみ言を聞いたなら、聞いて「原理」の範囲と内容を口では認定するかもしれませんが、対社会関係で影響を与えられる水準までは理解で...

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ならば、本部主催の訓読会+討論会 * by 神様と良心が私の主人
 初めてのコメントを失礼致します。Ryoともうします。いつも、真面目なブログだなぁと思いながら読んでいます。チト、お言葉でいきなり申し訳ございませんが・・・ご容赦あれ。
 ならば、堂々と文鮮明先生のご指示通りに、まずは手本として本部主催の訓読会+討論会をすればよいではないですか・・?自由参加で・・・盛り上がると思いますが・・過去に提案をした者もいたようですが異端のレッテルを貼られたりして、潰されていますよ・・そんな大人を見て子供は尊敬すると思いますか?

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Re: ならば、本部主催の訓読会+討論会 * by 教育部長
>  ならば、堂々と文鮮明先生のご指示通りに、まずは手本として本部主催の訓読会+討論会をすればよいではないですか・・?

そうですね。討論会はどんどんやったらいいように思います。
それにしてもまずは家庭から始める。教会から始める。
そういう地に足の着いた日常的な努力も大切でしょうね。これがなかなか簡単ではありません。

教育部長様へ * by 神様と良心が私の主人
〉そうですね。討論会はどんどんやったらいいように思います。
それにしてもまずは家庭から始める。教会から始める。
そういう地に足の着いた日常的な努力も大切でしょうね。これがなかなか簡単ではありません。

そうかもしれませんね・・草の根で訓読会が定着して天一国民度が成熟して心情文化世界を開花させねば、地上天国も絵に描いた餅・・・み言葉とやっていることが逆では世間の笑いものです。
人格完成、家庭完成が基本ですね・・切磋琢磨してまいりましょう・・・

神様に近づく3つの方法

神様に近づく3つの方法

  先日、ブックマで十数年ぶりに出であった『あるがままに生きる』を3回読んでみて、私へのメッセージは、 「頭で考えすぎるな」 ということかと思いました。 心配や恐れを抱くのも、頭で考えすぎるからかも知れない。 頭で考える時、私は神様から遠ざかってしまう。 それで、孤立したような不安に覆われるのです。 神様(あるいは真我=本当の私)に近づくのに3つの方法があると書いてあります。 ① あらゆるこだわりを...

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* by tenmondai
自分がやりたいことを探すことより、自分は何をしたら世間に喜ばれるかを考えた方が良い と誰かに言われたことがあります。どちらにしても難しい作業ではあります。