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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2011年10月

夫婦における魅力の法則

夫婦における魅力の法則

 先日紹介したカウンセラーM氏が、人間関係の3原則というものをまとめています。 ① 北風よりも太陽の法則 ② こだまの法則 ③ 魅力の法則 いずれも「なるほど」と納得のいくものですが、この内、③の「魅力の法則」についてご紹介します。 「魅力」とは、相手を惹きつける力です。 夫婦について考えると、夫が妻を惹きつけるには、「男としての魅力」が必要であり、妻が夫を惹きつけるには「女としての魅力」が必要です。...

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神様なら心をどう整理されるか

神様なら心をどう整理されるか

 毎週、教会で日曜日に礼拝をしますが、総務も兼務する私は、週報を作るところから当日の司会までを担当します。 ところが今日は、私の準備不足があったのを、教会長から名指しで注意されました。 この準備不足は、ただ単に外的、事務的な不足ではなく、教会運営全般に関わる私の意識の不足なのです。 それは私自身にも分かるので、不当な非難だと反論すべきことではありません。 にも関わらず、私の心の中には「反論したい...

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思いがけないインサイトをいただきました * by 教育部長
非公開設定になっているので、表示されないコメントですが、ありがたいコメントをいただきましたので、お礼を申し上げます。
「私は神様に祈れても、神様は誰にも祈れない。せっかくだから、この気持のままでいい」
こういう祈りもありますね。
何だか、はっとさせられました。

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愛ゆえに二性性相を大切に保管する

愛ゆえに二性性相を大切に保管する

  真の愛の深さは、神様がお生まれになる時の、その底まで包括するという話です。どれほど深いか分かりません。神様が存在し始めた根源から始まったので、どれほど深いか分からないのです。 神様ご自身も育ってこられたというのです。神様がその深さまで、出発とともに根源と一緒にいらっしゃったのです。根源は、神様が先ではなく愛が先です。 「神様は二性...

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どうしてあんなに秩序がないのか

どうしてあんなに秩序がないのか

  16年前の阪神・淡路大震災の時にも、そして今年3月の東北大震災の時にも世界の注目を集めたのが、日本人の「秩序正しさ」でした。 配給を受けるときにも列を崩さない日本人。食料が乏しくても決して暴動を起こさない日本人。 このような社会的ルールへの遵法精神は世界屈指と言っていいでしょう。 韓国に行って観光バスに乗ると、ちょっと危険を感じるほど飛ばしたり、かなり運転が荒いのに驚いたことがあり...

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とっても共感しますっ * by カパヤパアン
タイトルだけ見て、フィリピンのことを言われてるのか、、、、、と思ってしまいました。反省。 笑、、、

家庭の中の秩序が大事、という部分、ほんとうに共感します。
社会秩序は、好きでも嫌いでもある意味習慣的になってる部分もあるような気がしますが、
家庭内では、そうすることで、家族間の愛情、気持ちよさを感じれるような気がします。目上の人への尊敬心、子供・孫への慈しみ、、、、、
それが土台になって、、、、そとで、電車でおばあさんに席を譲るとき、自分がうれしくって仕方がない気持ちがふつふつとわいて来る、、、自分のばあちゃんのように、慕わしい心がするのじゃないでしょうか、、、。私はフィリピンでそんな気持ちがすることがあります。

(独り言っぽくなりました。ごめんなさい)




愛を育てる2大法則(その2)

愛を育てる2大法則(その2)

  愛を育てる2大法則の2番目「相手の喜ぶ10箇条」をご紹介します。 ① 愛情表現を豊かにする ② 思いやりを持って親切にする ③ 聞き上手になって楽しい会話をする ④ 考えた方の違いを認める ⑤ 男女の心理の違いを理解する ⑥ 男らしさ、女らしさを身につける ⑦ できるだけ自由にしてあげる ⑧ 夫婦水入らずの時間をつくる ⑨ 夫婦の性生活を大切にする ⑩ お互いの両親を大切にする 夫も妻も、相手に対して「思い...

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口うるささを理解する

口うるささを理解する

 昨日の記事「愛を育てる2大法則」で紹介した「相手が嫌がる10箇条」の中から、第1の項目について少し考えてみます。 「口やかましく言う」 男女の別なく、口うるさい人で好かれる人はいません。 男性にも時々、非常に細かいことを指摘する人がいますが、ほぼ例外なく、妻からも子どもからも嫌われています。 しかし、口うるさいのは圧倒的に女性が多いのです。 これは「細かいことに気がつく」という女性の特質に由来...

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愛を育てる2大法則(その1)

愛を育てる2大法則(その1)

 教会で長年牧会の仕事をしながら、その経験を生かしてカウンセラーになった方がおられます。 教会の教えの根幹は「家庭完成」にあり、その理論的な裏付けは素晴らしいのですが、現実には夫婦関係、親子関係の難しい家庭が少なくありません。 理論が現実の生活の役に立つためには、具体的な工夫、方法論が必要なのに、その面が不足している。 そこをなんとか補足して、より幸福な家庭を築くにはどうしたらいいかと、相当に...

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ナイスゴール

ナイスゴール

 息子が3年になってからの定期試験の成績表を持ち帰り、父母の感想が必要だというので、一覧表に目を通しました。 古典や英語は良くなっているのに対して、歴史と生物は10点以上悪くなっています。 それで感想欄に、 「1学期よりも成績の下がっている科目を頑張ってほしい」 と書きました。 書いた後で、自分の意識は良くなった科目ではなく、下がった科目に引っ張られているなあと思いました。 普段はこうならないよう...

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あの時、お父さんが飛んできてくれたな

あの時、お父さんが飛んできてくれたな

 昨日の夕方のことです。 次の日に親戚の法事があり、それに呼ばれているので、久しぶりに理髪店で少し身だしなみを整えようと考えていました。 教会の仕事をいつもより少しだけ早めに切り上げて、理髪店に行き、その後、夕食の材料を買って帰ろうという算段をして、教会を出たところで、携帯が鳴りました。 娘からです。 もうだいぶ日も暮れて、少し小雨も落ちてきていました。 「お父さん、迎えに来てくれない?」 「ど...

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愛する人と侍る人

愛する人と侍る人

  ゆえに、完成復活摂理は、新旧約を完成するために下さる新しいみ言を、人間たちが信じ、直接、主に侍ってその責任分担を完遂し、義を立てるように摂理なさるのである。それゆえに、この時代を侍義時代ともいう。 (「原理講論」p.219) 言葉というのは厄介なもので、私たち日本人が「侍る」というと、文字通り侍(さむらい)が主君に仕える姿がまず脳裏に浮かぶの...

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我が子よりも父母を貴重に思う

我が子よりも父母を貴重に思う

  与えても与えたということすら記憶せず、絶えず与える愛です。喜んで与える愛です。 母親が赤ちゃんを胸に抱いてお乳を飲ませる、喜びと愛の心情です。 子どもが父母に孝行して喜びを感じる、そのような犠牲的な愛です。 (「平和のメッセージⅠ」) 「真の愛」に関する文先生の説明は実に多様なのですが、上の一節はその一例です。 その中...

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* by たろ
>「我が子よりも父母をもっと貴重に思う」

これはあまりにも現実とかけ離れたお話ですが、
何か隠された真実がありそうな、興味深い内容です。

じっくり考えてみようと思います。


ところで・・・

>「孝の極地に行けば、必ず天が感動して奇跡を起こす」

これは、奇跡を「期待している」ということなのでしょうか?

であれば、あまり健全な信仰とはいえないと僕は思います。

「孝」というのは、天に対する信頼の結果であり、その行為自体が、
「私」にとって既に幸福を感じている状態だと思います。

そこにあえて奇跡が起こる必要は、ないのではないでしょうか?
それよりも、「孝」の価値を理解することが重要ではないでしょうか?

奇跡を言った時には、奇跡を期待して、「孝」そのものの価値が、
見失われてしまっていると思うのですが、いかがでしょう?

これは教育部長様に対してというよりも、
教会に、根深く蔓延している奇跡信仰に対する疑問として、
質問させていただきました。


PS.周藤先生が奇跡について熱く語っておられたのですが、
奇跡を熱心に語ることの意味が僕にはさっぱり理解できないのです。

それっていったい信仰と何の関係があるのでしょうか?

Re: タイトルなし * by 教育部長
私自身は「奇跡」に過度の関心を持つものではありません。
たろさんの言われる通り、孝そのものにすでに大きな価値があると思います。
文先生もみ言葉の中で、
「先生も病人を治そうと思えば何十万人も治していたであろう。しかし病気というものは、み言葉を聞いて心から喜べば治るものである」
というようなことを仰っていますね。
奇跡というなら、「み言葉を聞いて心から喜ぶ」というところにこそあるというべきではないかと思います。

* by たろ
>私自身は「奇跡」に過度の関心を持つものではありません。

よかったです(笑)

>奇跡というなら、「み言葉を聞いて心から喜ぶ」というところにこそあるというべきではないかと思います。

もし上の記事で、奇跡というなら、
「祖母のため食べられることに、幸福を見出すこと」 が奇跡だということですね。

犠牲の供え物が、「喜び」と結びついていないことに問題を感じていたもので

お母さまのこころはちいさい

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       こころ    おかあさまは   おとなで大きいけれど、   おかあさまの   おこころはちいさい。    だって、おかあさまはいいました、   ちいさいわたしでいっぱいだって。    わたしは子どもで   ちいさいけれど、   ちいさいわたしの   こころは大きい。    だって、大きいおかあさま...

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