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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2010年08月

相手の「親」の立場に立って考える

相手の「親」の立場に立って考える

斎藤一人さんでしたか、 「『親切』というのは、『親』の心(身)になり『切』ることだ」 というような内容を本で読んだ記憶があります。 親は子どもに対して、自分以上に幸せになってほしいと心底願うもの。 そのような心で接することが本当の「親切」だというのです。 なるほど、と思いましたが、簡単にできることではないでしょう。 仏教で言えば「真我」、統一原理で言えば「真の愛」が必要です。 自己中心が幅をきかせるこ...

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相手の親の立場に立って考えよ * by うみうし
残暑お見舞い申し上げます。
いつも、私の信仰生活講座と思いながら、拝読をさせていただいています。

「相手の親の立場に立って考えよ」ですが、私はずっと「神と同じ立場に立って考えよ」とだけ理解してきました。

「相手の親」 =  「神」  という解釈をしたことがありませんでした。
文字に囚われ過ぎていたように感じます。

今回の件ばかりでなく、今までにも、一つの見方しかできなかった内容があることもきずきました。

そこで、質問があります。
私は、「本当に愛する」という意味が理解できません。 
悪いことも、良い事も全て受けとめて、相手が悟るまで忍耐強く待つことが本当に愛することなのか、相手の過ちをハッキリと伝えることが本当の愛なのか?

抽象的な質問ですが、何か良い内容がありましたら教えてください。



Re: 相手の親の立場に立って考えよ * by 教育部長
「『忘れること』の意味」(2009.11.2)という記事の中で、「真の愛」の特質を4つ挙げています。
お答えとしてはこれも抽象的になると思いますが、はっきり言うか、受け入れるかという対応のしかたというよりも、私はどのような愛を持ってその人に対応しているか、ということが基本的に考えてみるべき点ではないかと思います。
形としては同じような対応だとしても、私が持っている愛によって相手が感じるものは自ずと違ってくるのではないでしょうか。
私自身も日々の人間関係の中で「自分の愛はどの程度真に近いのか?」と自問自答しながら、まだまだ道のりの遠いことを感じております。
特に家族関係は、私たちにとって大きな試金石になると思います。