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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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霊の移動によって罪が遺伝する

霊の移動によって罪が遺伝する

清平の霊界解放に関する考察のヒントの3番目は、 「霊の移動によって罪が遺伝する」 ということです。 霊を分立する役事に関する大母様のお話は以前からかなり繰り返し読んでいたつもりですが、比較的最近になって初めて気がついたことが上に書いた内容です。 「罪は遺伝する」 というのは、統一原理の罪観における重要なポイントです。 実は、罪に限らず、良いものも悪いものも、先祖から子孫へと血統を通じて受け継がれるもの...

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不思議な表現 * by taro
記事を拝見させていただきました。

前回の記事では、罪は「染み付いた汚れ」であると表現されていました。
ところが今回の記事では、罪は「恨みの霊」となりました。

この話をあわせて考えてみると、「タワシで落としていた汚れは霊人だった」ということになります。
表現すると、霊人Aが必死に落としていた汚れは霊人Bで、霊人Bが落としていた汚れは霊人Aということです。
想像してみると、なんとも不思議な光景です。

僕が思うに、清平のみ言葉は、ある人が見た霊界の外面的な表現にすぎず、
違う個性の人間が見て語れば、また違った表現になるのだと思います。

表現をそのまま受け取ると微妙に本質がずれてしまうかもしれません。

今回、罪の遺伝について「子孫の体に恨みをもった霊が入る」ことが問題とされているのだと思いますが、
僕の理解としては少し違います。

あくまで原理からの一解釈ですが、
罪とは、神様の願いと方向性を異にする対象と相対基準を結んだことに由来するものだと思います。

恨みをもった霊が子孫にとりつこうとする場合も同じで、相対基準が結べなければとりつくことはできません。
この観点が重要だと思います。

「子孫の体に恨みをもった霊が入る」ことは、あくまで結果であって、
罪の問題の本質は、先祖の性質を引き継いでしまった「相対基準を結んでしまう私である」こと
ではないでしょうか。

そう考えると、タワシで落としていた汚れは「恨みの霊」ではなくて、やはり「私の罪」になります。

それから、なぜ罪が遺伝するのかというメカニズムについては、創造本然の「血統」のシステムに由来するものだと思います。

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Re: 不思議な表現 * by 教育部長
現状において地上人と霊人との大きな違いは、肉体があるときには他の霊人が入り込みますが、その人も死んで霊人になれば、他の霊人がその中に入ることはできなくなるということだと考えています。
従って、恨みを持つ霊たちがある地上人の肉体に入っていたとすると、その人が死んだ時点でまた別の地上人の肉体に入り込もうとします。
すると、死んだ人は霊人となり、霊界に行くか、あるいは誰か別の地上人の中に入るかです。
霊界に行けば、その霊人はその内部に他の霊人がいるということがなくなりますから、単独な存在となります。それは、彼自身の内部からの影響を受けることがなくなるということです。
ですから、霊界の100日修練会で削ぎ落とす罪があるとすれば、それは他の霊人ということではなく、やはり彼自身が地上から持ち込んだ「罪」であると思います。

> 「子孫の体に恨みをもった霊が入る」ことは、あくまで結果であって、
> 罪の問題の本質は、先祖の性質を引き継いでしまった「相対基準を結んでしまう私である」こと
> ではないでしょうか。

この点は、私も同意します。
悪霊が移動することで罪が遺伝するというのは、確かに現象面を見ればそのように見えるということだと私も考えています。

罪とはサタンの讒訴条件だと教わったことがあります。 * by 琴姫七変化
私は原理を聞いてこの道に入ってからも一つだけ疑問に思い続けて分からないことがありました。
罪が遺伝するということです。遺伝とはなにか。罪が遺伝するものなのか???
遺伝はDNAによって遺伝されるわけであり、DNAをいくら分析しても「罪」は発見されていません。
もちろん宗教的に表現されていることは分かっていましたが釈然としないままでいました。

韓国の水澤里に研修に行った時、毎日午前中李ヨハネ先生が牧会をしてくださいました。
このときに罪の遺伝について質問しました。
ヨハネ先生は「罪とはサタンの讒訴条件です」と言われました。
ヨハネ先生の説明を正確には表現できないかもしれませんが以下のような内容でした。

イエス様が堕落人間に対して「蛇よ、まむしの子らよ」と言われたようにイエス様以外の堕落人間はみなサタンから私の子だと言われ続けています。誰1人として私は神の子だと言えるものはいません。
このサタンからの讒訴条件を(サタンからの負債を)清算出来ずにきている。
 
聖書にイエスの父、その父は、その父は、その父は・・・・・・・・・
と記されているのは血統を通じてサタンの讒訴条件を清算してきたという意味なのだそうです。
サタンからの讒訴条件、仮にこれをサタンから100万円の負債を負っているとしたら、血統を通じて少しずつ清算をしてきて、100万が50万になり、20万になり、10万になり、1万になり、5百円になり、最後に負債が0になった時、讒訴条件が0になった時、「オギャー!」とイエス様が生まれたということです。
イエスの母マリアも罪があった堕落人間なのに、どうして堕落人間から「罪なき子」が生まれたのか、それが理由なのだそうです。
私はこれを聞いてスッキリとして帰国したことを覚えています。

「罪はサタンの讒訴条件」だと理解すれば、罪を「染み付いた汚れ」とも表現することもできますし、罪を「相対基準を結んでしまう私である」と表現することもできます。

讒訴条件を清算するどころかますます増やしている私は、悪霊とすぐに相対基準を結んでしまい後で自己嫌悪に陥っています。
そして毎日背中をチョンチョンとサタンからつつかれています。




Re: 罪とはサタンの讒訴条件だと教わったことがあります。 * by 教育部長
罪がサタンの讒訴条件だというのは、原理の根本ですね。
それが遺伝するというのは、血統のつながりを条件としてサタンが讒訴し続けるということでしょうね。
ただ、サタンというのは天使長ルーシェルだけのことを言うのではないので、この辺をもう少しまとめたらいいかも知れません。
サタン、地獄の霊、恨霊、悪霊などの関係を改めて考えてみます。

罪について * by taro
僕が「相対基準を結んでしまう私」と表現したのは、その状態をまず”認識する”ことが、その状態から解放される第一歩になると感じているからです。
解放されるには”悔い改め”が必要です。悔い改めとは自己嫌悪ではなく神様との授受作用です。
その根本は、愛とゆるしであり、容認し受け入れることです。

それから、「数の問題ではない」というのは、私のとらわれた状態の強さが問題であり、相対する霊人の数には、ほとんど関係しないと考えているからです。

Re: 罪について * by 教育部長
> 僕が「相対基準を結んでしまう私」と表現したのは、その状態をまず”認識する”ことが、その状態から解放される第一歩になると感じているからです。

これは大切な事だと思います。
貴重な指摘をありがとうございます。