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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2010年08月

賢い妻の10箇条 その2

賢い妻の10箇条 その2

大母様による「真なる妻の役割」の後編です。 ⑥ すぐに謝る。 プライドというのは男性にも女性にもあるものではありますが、男性はプライドの強いものです。 喧嘩になったとき、夫が謝るのを待つというのは問題を複雑にします。 謝るなら妻から。 しかもその日を越えてはいけません。 ⑦ 愛の行為は思い切り遊ぶ。 夫婦の情が初めからあるのではありません。 女性はよく、愛もないのに性関係を結ぶのは嫌だと言いますが、それは...

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賢い妻の10箇条

賢い妻の10箇条

大母様が「真なる妻の役割」と題して話された内容をまとめてみました。 箇条書きで10項目紹介しましょう。 妻たる女性の読者の方々に、ひいてはその夫たる男性の方々に少しでも役に立てばと思います。 ① 妻が強いほど家庭に問題が多い。 韓国のことわざに「夫人の声が家の塀の外まで聞こえる家は、家運がいずれ傾く」と言われるそうです。 女性の気に夫や子どもたちが押さえつけられて、健康や出世などにマイナスが大きくなり...

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宇宙はなぜ、かくも賑やかなのか

宇宙はなぜ、かくも賑やかなのか

今朝NHKテレビ「ようこそ先輩」を見ていると、辺境生物学者、長沼毅氏が母校に戻って面白い授業をしていました。 そこら辺の何の変哲もない石を取ってきて砕き、それを何かの溶液に入れて数日置きます。 すると、シャーレに白いものが発生。 それが微生物だというので、子どもたちはびっくり。 長沼氏曰く、 「地球で最も大きな岩石は地球そのもの。その中に無数の生命が存在するということは、小さな岩石の中に生命がいても何...

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相手の「親」の立場に立って考える

相手の「親」の立場に立って考える

斎藤一人さんでしたか、 「『親切』というのは、『親』の心(身)になり『切』ることだ」 というような内容を本で読んだ記憶があります。 親は子どもに対して、自分以上に幸せになってほしいと心底願うもの。 そのような心で接することが本当の「親切」だというのです。 なるほど、と思いましたが、簡単にできることではないでしょう。 仏教で言えば「真我」、統一原理で言えば「真の愛」が必要です。 自己中心が幅をきかせるこ...

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相手の親の立場に立って考えよ * by うみうし
残暑お見舞い申し上げます。
いつも、私の信仰生活講座と思いながら、拝読をさせていただいています。

「相手の親の立場に立って考えよ」ですが、私はずっと「神と同じ立場に立って考えよ」とだけ理解してきました。

「相手の親」 =  「神」  という解釈をしたことがありませんでした。
文字に囚われ過ぎていたように感じます。

今回の件ばかりでなく、今までにも、一つの見方しかできなかった内容があることもきずきました。

そこで、質問があります。
私は、「本当に愛する」という意味が理解できません。 
悪いことも、良い事も全て受けとめて、相手が悟るまで忍耐強く待つことが本当に愛することなのか、相手の過ちをハッキリと伝えることが本当の愛なのか?

抽象的な質問ですが、何か良い内容がありましたら教えてください。



Re: 相手の親の立場に立って考えよ * by 教育部長
「『忘れること』の意味」(2009.11.2)という記事の中で、「真の愛」の特質を4つ挙げています。
お答えとしてはこれも抽象的になると思いますが、はっきり言うか、受け入れるかという対応のしかたというよりも、私はどのような愛を持ってその人に対応しているか、ということが基本的に考えてみるべき点ではないかと思います。
形としては同じような対応だとしても、私が持っている愛によって相手が感じるものは自ずと違ってくるのではないでしょうか。
私自身も日々の人間関係の中で「自分の愛はどの程度真に近いのか?」と自問自答しながら、まだまだ道のりの遠いことを感じております。
特に家族関係は、私たちにとって大きな試金石になると思います。

天使はなぜ神と同じ立場に立てなかったのか

天使はなぜ神と同じ立場に立てなかったのか

堕落性の始まりは天使長からであったと原理講論にあります。 彼の中で堕落性が生じるようになった根本的な動機は、彼がアダムに対して嫉妬心を抱いたからでした。 この時の天使長の心理を、イエス様は労働者の喩えを持って説明されました。 朝から雇われて働いた労働者は、今日1日の労賃はいくらと契約を結んでいました。 ところが、夕方雇われてすこしばかり働いた労働者の方が先に、しかも朝から働いた労働者と同じだけの労賃...

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霊界に学ぶ復帰の原則

霊界に学ぶ復帰の原則

清平の霊界解放に関する考察のヒントも、今回で一区切りをつけようと思います。 今日のヒントは、 「霊界における復帰の順序に学ぶ」 清平で地上人から抜け出した霊人たちが霊界の100日修練会に参加していきます。 その期間に彼らは、自分たちが地上で作った罪(自犯罪)を清算するために、それこそ死に物狂いの努力をします。 彼らが地上に生きているときには、4種類の罪を抱えていました。 ①原罪 ②遺伝的罪 ③連帯罪 ④自...

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堕落性も遺伝するか

堕落性も遺伝するか

清平の霊界解放に関する考察のヒントの4番目は、 「堕落性は血統を通して遺伝する」 ということです。 罪が血統を通して遺伝するということについては、法定論的にも、霊との関わりから見ても妥当なことであるのは、昨日の記事で考えてみました。 ところが、堕落性というのは個々人の内にある「性質」です。 自己中心、我欲、妬み、恨み、傲慢、移り気、責任転嫁、などなど、人間が神様から離れることによって創造本性が捻じ曲...

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そうかなあ? * by taro
> 私の本性が10なのに対して、堕落性は私の10と、私の体の中にいる悪霊たちの堕落性合計した1000くらいの堕落性があるのです。
> これではまともに闘って勝てる道理がありません。

影響を与えるのも受けるのも、相対基準をむすぶかむすばないかの問題であり
数値の大小には関係ないと思います。

もしかしたら罪や堕落性が、私の外側からの影響という側面しか見ていないからでは?

> 体の中にいる悪霊さえ分立すれば、いくらでも堕落性をなくすことができる。
> 病気や苦痛もなくすことができる

僕もこのみ言葉には全く同感ですが、
清平役事の外面的な方法のみを指して、悪霊分立と語られているのではないでしょう?

Re: そうかなあ? * by 教育部長
新規の方々に講義することが多いこともあってか、最近は表現を単純化して分かりやすくと考える傾向があるようです。数字はその現れだと受け取ってください。
本質的には私の中にある堕落性と悪霊との相対基準の問題だと私も思いますが、こんにちの現状は「相対しなければいい」と簡単に言えないところに難しさがあると感じています。
霊の力がとても強いので、自分単独で対抗するのは実に大変です。
最近私は、私たちの復帰において、「祝福」と「清平」はともに絶対必要だと考えております。
大きな荷馬車を引っ張るのに、強いエンジンを借りなければ坂道を登っていくのはとても困難です。

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霊の移動によって罪が遺伝する

霊の移動によって罪が遺伝する

清平の霊界解放に関する考察のヒントの3番目は、 「霊の移動によって罪が遺伝する」 ということです。 霊を分立する役事に関する大母様のお話は以前からかなり繰り返し読んでいたつもりですが、比較的最近になって初めて気がついたことが上に書いた内容です。 「罪は遺伝する」 というのは、統一原理の罪観における重要なポイントです。 実は、罪に限らず、良いものも悪いものも、先祖から子孫へと血統を通じて受け継がれるもの...

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不思議な表現 * by taro
記事を拝見させていただきました。

前回の記事では、罪は「染み付いた汚れ」であると表現されていました。
ところが今回の記事では、罪は「恨みの霊」となりました。

この話をあわせて考えてみると、「タワシで落としていた汚れは霊人だった」ということになります。
表現すると、霊人Aが必死に落としていた汚れは霊人Bで、霊人Bが落としていた汚れは霊人Aということです。
想像してみると、なんとも不思議な光景です。

僕が思うに、清平のみ言葉は、ある人が見た霊界の外面的な表現にすぎず、
違う個性の人間が見て語れば、また違った表現になるのだと思います。

表現をそのまま受け取ると微妙に本質がずれてしまうかもしれません。

今回、罪の遺伝について「子孫の体に恨みをもった霊が入る」ことが問題とされているのだと思いますが、
僕の理解としては少し違います。

あくまで原理からの一解釈ですが、
罪とは、神様の願いと方向性を異にする対象と相対基準を結んだことに由来するものだと思います。

恨みをもった霊が子孫にとりつこうとする場合も同じで、相対基準が結べなければとりつくことはできません。
この観点が重要だと思います。

「子孫の体に恨みをもった霊が入る」ことは、あくまで結果であって、
罪の問題の本質は、先祖の性質を引き継いでしまった「相対基準を結んでしまう私である」こと
ではないでしょうか。

そう考えると、タワシで落としていた汚れは「恨みの霊」ではなくて、やはり「私の罪」になります。

それから、なぜ罪が遺伝するのかというメカニズムについては、創造本然の「血統」のシステムに由来するものだと思います。

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Re: 不思議な表現 * by 教育部長
現状において地上人と霊人との大きな違いは、肉体があるときには他の霊人が入り込みますが、その人も死んで霊人になれば、他の霊人がその中に入ることはできなくなるということだと考えています。
従って、恨みを持つ霊たちがある地上人の肉体に入っていたとすると、その人が死んだ時点でまた別の地上人の肉体に入り込もうとします。
すると、死んだ人は霊人となり、霊界に行くか、あるいは誰か別の地上人の中に入るかです。
霊界に行けば、その霊人はその内部に他の霊人がいるということがなくなりますから、単独な存在となります。それは、彼自身の内部からの影響を受けることがなくなるということです。
ですから、霊界の100日修練会で削ぎ落とす罪があるとすれば、それは他の霊人ということではなく、やはり彼自身が地上から持ち込んだ「罪」であると思います。

> 「子孫の体に恨みをもった霊が入る」ことは、あくまで結果であって、
> 罪の問題の本質は、先祖の性質を引き継いでしまった「相対基準を結んでしまう私である」こと
> ではないでしょうか。

この点は、私も同意します。
悪霊が移動することで罪が遺伝するというのは、確かに現象面を見ればそのように見えるということだと私も考えています。

罪とはサタンの讒訴条件だと教わったことがあります。 * by 琴姫七変化
私は原理を聞いてこの道に入ってからも一つだけ疑問に思い続けて分からないことがありました。
罪が遺伝するということです。遺伝とはなにか。罪が遺伝するものなのか???
遺伝はDNAによって遺伝されるわけであり、DNAをいくら分析しても「罪」は発見されていません。
もちろん宗教的に表現されていることは分かっていましたが釈然としないままでいました。

韓国の水澤里に研修に行った時、毎日午前中李ヨハネ先生が牧会をしてくださいました。
このときに罪の遺伝について質問しました。
ヨハネ先生は「罪とはサタンの讒訴条件です」と言われました。
ヨハネ先生の説明を正確には表現できないかもしれませんが以下のような内容でした。

イエス様が堕落人間に対して「蛇よ、まむしの子らよ」と言われたようにイエス様以外の堕落人間はみなサタンから私の子だと言われ続けています。誰1人として私は神の子だと言えるものはいません。
このサタンからの讒訴条件を(サタンからの負債を)清算出来ずにきている。
 
聖書にイエスの父、その父は、その父は、その父は・・・・・・・・・
と記されているのは血統を通じてサタンの讒訴条件を清算してきたという意味なのだそうです。
サタンからの讒訴条件、仮にこれをサタンから100万円の負債を負っているとしたら、血統を通じて少しずつ清算をしてきて、100万が50万になり、20万になり、10万になり、1万になり、5百円になり、最後に負債が0になった時、讒訴条件が0になった時、「オギャー!」とイエス様が生まれたということです。
イエスの母マリアも罪があった堕落人間なのに、どうして堕落人間から「罪なき子」が生まれたのか、それが理由なのだそうです。
私はこれを聞いてスッキリとして帰国したことを覚えています。

「罪はサタンの讒訴条件」だと理解すれば、罪を「染み付いた汚れ」とも表現することもできますし、罪を「相対基準を結んでしまう私である」と表現することもできます。

讒訴条件を清算するどころかますます増やしている私は、悪霊とすぐに相対基準を結んでしまい後で自己嫌悪に陥っています。
そして毎日背中をチョンチョンとサタンからつつかれています。




Re: 罪とはサタンの讒訴条件だと教わったことがあります。 * by 教育部長
罪がサタンの讒訴条件だというのは、原理の根本ですね。
それが遺伝するというのは、血統のつながりを条件としてサタンが讒訴し続けるということでしょうね。
ただ、サタンというのは天使長ルーシェルだけのことを言うのではないので、この辺をもう少しまとめたらいいかも知れません。
サタン、地獄の霊、恨霊、悪霊などの関係を改めて考えてみます。

罪について * by taro
僕が「相対基準を結んでしまう私」と表現したのは、その状態をまず”認識する”ことが、その状態から解放される第一歩になると感じているからです。
解放されるには”悔い改め”が必要です。悔い改めとは自己嫌悪ではなく神様との授受作用です。
その根本は、愛とゆるしであり、容認し受け入れることです。

それから、「数の問題ではない」というのは、私のとらわれた状態の強さが問題であり、相対する霊人の数には、ほとんど関係しないと考えているからです。

Re: 罪について * by 教育部長
> 僕が「相対基準を結んでしまう私」と表現したのは、その状態をまず”認識する”ことが、その状態から解放される第一歩になると感じているからです。

これは大切な事だと思います。
貴重な指摘をありがとうございます。

霊界では罪が可視化される

霊界では罪が可視化される

清平の霊界解放に関する考察のヒントの2番目は、 「霊界では罪が可視化される」 ということです。 清平で地上人の肉体から解放されて霊界に行った霊人たちは、そのまま霊界の修練所に送られるようになります。 そこで100日間の実に過酷な修練会が待っているのです。 霊界にはこの世のような時間の流れがありませんから、霊界の100日はこの世の100年にも相当します。 この世で言えば、生まれてから死ぬまで修練会だけで...

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罪を削ぎ落とすには * by taro
ブログの更新、いつもありがとうございます。
今回も興味深く拝見させていただきました。

ところで、前の記事で同様の質問させてもらいましたが
原理講論の「霊人体の構成とその機能」には
「霊人体は神からくる生素と肉身からくる生力要素の二つの要素が授受作用する中で成長する」
「霊人体は肉身を土台にしてのみ成長する」と記されています。

ところが、教育部長様の今回の記事を拝見すると
霊界で修練会を受ければ、「肉身がなくても霊人体の成長は可能である」という
原理講論の記述とは一見矛盾する内容が語られているかのように感じました。

僕は、神様の、人間の創造目的から考えても
有形実体世界と肉身なくして霊人体の成長はあり得ないと理解しているのですが

この点を教育部長様は、どのように理解されていらっしゃるのでしょうか?

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Re: 罪を削ぎ落とすには * by 教育部長
ご質問になかなかお答えできなくて申し訳ありません。
今私が理解している範囲で、簡略に書いてみます。

大母様のお話の中に、
「霊人たちは時間が経てば経つほど 100 日間で全て清めることができないかも知れないと心配し、焦る思いを持ちます。そのとき、地上の祝福家庭たちが一生懸命に精誠を尽くせば、先祖たちがより早く罪を清めることができます。しかし、子孫が意識せずに生活すれば、たやすく清めることができません。
皆さんが先祖解怨式をした後「終わった」という思いを持たず、先祖祝福式をしに来る前まで先祖たちのために精誠を尽くしてください。歩いたり皿を洗ったりしながらも、一度くらい「私の先祖たちが罪を早く清算できますように」と考えれば、その心が伝えられて清めやすくなります。このことを絶対に忘れないでください」
とあります。

原則はやはり、統一原理の復活論にある通りだと思います。
地上人が地上で尽くす精誠が土台となり、それが霊界の霊人に送られて霊人の力になる。
また、霊界の100日修練会で霊人が完成するのでもないとも言われています。
飽くまでも愛を中心とした感性などは、善霊となった後に地上に再臨してから、地上人を通して最終的に完成して行くものだと思います。
 
しかし、清平はやはり特別なところだと思います。
霊界の100日修練会は簡単に実現できたものではなく、それ自体が相当な地上での精誠の土台の上で可能だったのだろうと思います。

また、遺伝罪、連帯罪、自犯罪を脱いで、最後に原罪を脱ぐというプロセスは、地上でも本来たどるべきプロセスだったと、私は理解しています。
その意味で、霊界での100日修練会のやり方が本来の完成への道だと思いますし、地上でどのように創造目的を完成していくかという点で、いつもこれを参考にすべきものと思っています。

ご回答ありがとうございました。 * by taro
霊界の修練会で霊人が完成する訳ではないのですね。
まだ疑問はありますが、とりあえず原理講論の訂正は必要なさそうなのでよかったです。

人間は他界後、3カ所に住み分ける

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霊界に行くと、なくなるものが2つあります。 ① 肉体 ② お金 この内、肉体に関する問題を考えてみます。 肉体というのは今生においてのみ神様からお借りしているもので、死ぬときに感謝しながら処分して霊界に旅立つようになっています。 通常はこの肉体を「私」というように考えて生活している場合が多いと思いますが、本当の「私」は霊人体であり、肉体は「私」が着ている「服」であるというのです。 しかしこの服は非常に...

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瞑想はどうでしょう? * by taro
> こんなことは自分の力でできることではありません

瞑想をしてみると、自分の中の多くの雑音に気付きます。
それらを鎮め、深い自己の本質にふれるのは簡単ではありませんが
清平役事に似た効果があると感じています。
また文先生も自叙伝で、祈りと瞑想に励まれたと記されています。

Re: 瞑想はどうでしょう? * by 教育部長
私のわずかな体験から言っても、瞑想は霊性を磨くのに非常に有効だと感じています。
清平での霊界解放や先祖解怨と並行的にやっていけば、さらに大きな効果があるとも思います。

コウノトリさんの教え

コウノトリさんの教え

昔録画しておいたテレビ番組を見返していると、3年ほど前のコウノトリに関するニュース番組がありました。 コウノトリという鳥は日本ではすでに絶滅種に属するのだと思っていたところ、2007年、兵庫県の豊岡市で43年ぶりに自然孵化したというニュースです。 慶事と言えば慶事に違いありませんが、自然に対する人の心がこの数十年で変わってきているのか、あるいはもとから人間はこういう自然を愛する心を持っていたのかと...

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地獄に仏、母の愛

地獄に仏、母の愛

100歳以上の高齢者が全国で次々に行方不明と判明し、今はその数は200人をゆうに越えたと報道されています。 (参考「現代版『楢山節考』」) 本日もニュースを見ていると、生きていれば104歳になるはずの女性が実は20年近く前に亡くなっており、それを自宅で発見した息子が毛布にくるんで押入れに入れていたという事実が報道されていました。 その死因も分かりませんが、葬式も挙げないのですから当然役所に届けるこ...

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母親を毛布に包む息子も同じ人間です * by taro
憎しみゆえの行動、金銭目的、あるいは他の事情なのか?
息子の行動の動機や現在の心境について実際のところはわかりません。

しかし、たとえ息子に残酷な動機があったとしても、時間の経過とともに、母親の愛情を感じ後悔の念に苦しんで改心し、そのことゆえに神様に出会える道が開かれるかもしれません。
あるいは事件が明るみになった今後、変化が訪れるのかもしれません。
人の復帰の道は様々だと思います。

いずれにせよこのような事件を他人の犯した残酷な行為であると、自分とはまったく関係のないこととして客観的に眺めているだけでは、救いは遠いと感じます。
自分自身にも解決すべき同じような問題が残されているとは考えない、このような風潮の方に違和感を感じます。

Re: 母親を毛布に包む息子も同じ人間です * by 教育部長
確かに私自身、書いた後、客観的だったなあと反省しました。
本人にすれば様々な事情があるでしょうし、心中も穏やかであるはずはないと思います。
それを一部の人の経済的な問題や家族関係の問題として考えるだけでは、問題の根は解決しないでしょうね。
「氏族メシヤ」ということが深く関わってくる問題のようにも思います。