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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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彼らの代わりに死んでいきます

彼らの代わりに死んでいきます

イエス様は、ローマ兵が槍で自分の脇腹を突いても、「彼らをおゆるしください」と言いました。「私が彼らの代わりに死んでいきます。彼らの代わりに犠牲になります」といふ精神をもつて完全に忍耐するのです。ここから、歴史上になかつた新しい世界が生まれるのです。これがどれほど偉大なことかといふ事実を知らなければなりません。新しい世界、神様が願ふ世界がそこからわき上がり始めるのです。(『世界経典』706) ...

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大いなる道は難しくない

大いなる道は難しくない

  大いなる道は難しくない、選り好みをしなければよいだけだ。愛も憎しみもなければ、すべては明瞭で隠されたものとてない。好きと嫌いの葛藤、これが心の病だ。道は大いなる虚空のように完全だ。足りないものも、余計なものもない。しかり、いいとかいけないとか選り好みをするばかりに、本当の姿が見えないだけだ。外側の物事のもつれの中にも、内側の空無の中にも、住んではいけない。穏やか...

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朝徹の境地

朝徹の境地

  南伯子葵(ナンパクシキ)が女偊(ジョウ)に尋ねた。「あなたは随分高齢のやうだが、顔色はまるで子どものやうに若々しい。何か秘訣があるのですか」女偊は答えた。「それは私が道を聞くことができたお蔭よ」「道というものは、学んで知ることができますか」女偊は答えた。「それは無理です。少なくともあなたはそれができる人ではない。あの卜梁倚(ボクリョウキ)という人物は聖人の素質を備...

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発展を見せようとしてください

発展を見せようとしてください

  信仰を見せようとせずに、発展を見せようとしてください。さうすれば神様は信仰をくださいます。 私が発展のために最善を尽くせば、信仰を私に与へてくださるのではなく、ほかの人に与へてくださいます。 さうすれば私にその結果が返つてくるのです。それも喜んだら、与へてくれなくなります。 (『心情文化世界とマスメディア』文孝進) ...

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お前を知らない

お前を知らない

  統一教会の文先生といふ人を、神様は愛していらつしやいます。 それは私がよく知つてゐます。 しかし私は生涯を捧げて信じてきましたが、あるときは、神様に抗議したいと思ふときが一度や二度ではありませんでした。 私が死地に行くと、神様は 「知らない」 と言はれます。 ...

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ただ人のために仕事をして死になさい

ただ人のために仕事をして死になさい

  以前にも紹介したことのある『心情文化世界とマルチメディア』(文孝進著)。 改めて項をめくつてみると、端から端まで漲る緊迫感は半端ではありません。 「み旨のために生き、み旨のために死ぬのが男性像です。男性は死ぬ覚悟で戦い、打たれて何かを復帰してこようとするのです。男性の世界で、つまらないとか立派だという評価は生と死をもって決定されます」 「ただ人のために仕事をして死になさい」 「人はみな死ね...

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戦わなくてよい * by はちみつ
私達は戦うために生まれたのではない。神様に素晴らしいことを残すために生まれてきました。
「戦う」というのは、敵がいるという前提です。私達には敵はいないのです。ただひたすら愛し続ければいいのです。

戦わなくてよい * by はちみつ
私達は戦うために生まれたのではない。神様に素晴らしいことを残すために生まれてきました。
「戦う」というのは、敵がいるという前提です。私達には敵はいないのです。ただひたすら愛し続ければいいのです。

Re: 戦わなくてよい * by 教育部長
戦争といふ比喩も使つたので、戦ひのニュアンスを変へてしまつたかも知れませんね。
孝進様の言はれる「戦ひ」といふのは誰かと戦ふといふよりも、自分自身と戦ふ、つまり自分の弱さと戦ひ、自分が決めてしまつてゐる限界と戦ふといふやうな意味が第一義的だらうと思ひます。その意味で、孝進様は自分自身に対してすごく厳しい方だといふ印象を持ちます。

はちみつさんへ * by 春の雨
孝進様をもっと知ろうとするならば とても こんなコメントは出てこないのに。孝進様を研究して下さい。

私の生活感情はどうでせうか

私の生活感情はどうでせうか

最近になって私は生活感情ということをいつも考えています。私たちは子女として復活しなければならないのですが、それは神の痛みを私たちがどのように引き受け、消化することができるかということにかかっています。 悲しみと惨めさにたくさんぶつかった人は、むやみに自分を現すことができないように、神も現れることができません。 それで神が隠れていらっしゃるというのです。 あまりに悲しく恨めしい神は、簡単に現れることが...

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* by はちみつ
いつも隣に神様のブログも拝見いたしました。
すみません。訳文だからでしょうか? 下記の意味がよくわかりませんでした。このような解釈でよろしいでしょうか?

「それで私たちもその人たちが殉教した心を抱いて生きるならば、その人たちが来て、まず私たちを証しようとします。」
→ 私たちも殉教者たちの心情を理解して生きるなら、殉教者達が(霊的に)私たちを証しようとします。?? (殉教者の恨みを抱いて生きる?)

「その次に、殉教者たちを動員させることのできる子女を通して、神の恨みを解くことができます。」
→ その次に、殉教者達が地上の人間を介して成長することにより、殉教者達は恩恵を受けて恨みが解ける。そのようにしてから、神の恨みを解くことができる

Re: タイトルなし * by 教育部長
> いつも隣に神様のブログも拝見いたしました。
> すみません。訳文だからでしょうか? 下記の意味がよくわかりませんでした。このような解釈でよろしいでしょうか?
>
> 「それで私たちもその人たちが殉教した心を抱いて生きるならば、その人たちが来て、まず私たちを証しようとします。」
> → 私たちも殉教者たちの心情を理解して生きるなら、殉教者達が(霊的に)私たちを証しようとします。?? (殉教者の恨みを抱いて生きる?)

訳文だからといふ理由もあるかも知れませんが、もともとが説教といふ話し言葉なので「このやうなつもりで話した」といふ分かりにくさもありさうです。
私の解釈が正しいといふ100%の自信はありません。
「殉教者の心を抱いて」といふのは、「殉教者が極限的な苦痛をよく受け止めて越えようとしたと同じやうに、私たちも身に起こる苦痛をよく受け止めて消化し蕩減条件を立てる」といふふうに考へてゐます。
そのやうに生活すれば、殉教者と同じ信仰が共鳴し、慰められもするので再臨協助できるのではないか。

>
> 「その次に、殉教者たちを動員させることのできる子女を通して、神の恨みを解くことができます。」
> → その次に、殉教者達が地上の人間を介して成長することにより、殉教者達は恩恵を受けて恨みが解ける。そのようにしてから、神の恨みを解くことができる

私も大体同じやうに考へます。
殉教者の心と共鳴できる地上の子女はその姿が神様にとつて誇らしいものなので、そこから神様の恨みが解かれていくとも思へます。

神様の「痛い心」

神様の「痛い心」

旧約時代は、神がアブラハムを通してご自身の痛い心を表現されました。 新約時代は、イエス様を通して神の痛みを解く方法を見せてくださいました。 李耀翰牧師の説教「神の苦痛」のなかに、この一節があります。 アブラハムの生涯を見ると、神様に連れ回された人生だつたと言つても過言ではない。 生まれ故郷のウルを離れてはるか遠いハランヘ移り、さらにそこからカナンへ南下する。 そこで飢饉に見舞はれるや、食料を求めてエ...

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債権者にはならないほうがいい

債権者にはならないほうがいい

マタイ福音書の18章に、ある主人と僕の譬へ話が載つてゐます。 主人はその僕に1万タラントを貸してゐる。 とても返せなかつたので、主人は僕自身とその妻子と持ち物前部とを売つて返せと命じた。 持ち物だけでなく僕自身と妻子までも売れといふのは、身を売つて奴隷になれとでもいふことでせうか。 調べてみると、1タラントは今の日本円に換算すると、およそ3,000万円。 1万タラントとなると3,000億ですから、これは持ち物を売つ...

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誰かのために仕事をして死ぬ

誰かのために仕事をして死ぬ

  最近、一緒に仕事をしている人たちに、 「あなたたちが人のために何かをして死ねば、永遠の弁明になる」 という話をしています。 ほかに弁明は要らない、ただ人のために仕事をして死になさいということです。 そうすれば、その仕事が完成できなくても弁明にはなるという話です。 (『心情文化世界とマルチメディア』文孝進) 堕落論を通しても、お父様のみ言葉を通しても、 「弁明」 というのは人間始祖の堕落以来始まり...

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ヨケベドはモーセをいかに育てたのか

ヨケベドはモーセをいかに育てたのか

  原理講論の「モーセ路程」を訓読しているとき、モーセの母のことがなぜともなく気がかりになった。 モーセの母については、聖書を読んでも名前が出てこない。 WEBで検索すると、 「ヨケベド(あるいはヨケベテ)」 と出てきます。 モーセはイスラエル民族がエジプトで奴隷身分に落ちた時代に、レビ族の血筋を引いて生まれる。 ところが当時は、エジプトの王(パロともファラオとも)はイスラエル民族の繁殖を恐れて、産...

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人間を全般的に主管したい

人間を全般的に主管したい

前回に続き、『文鮮明先生のみ言に学ぶ統一原理』の中にある一節です。 神様は、人間の肉心に直接入っていって人間を全般的に主管したいと思いましたが、人間と直接的な愛を結べないので、間接戦法を通して人間の良心の世界にだんだんと深く臨在していかれて、今まで摂理してこられました。 (1970.10.13) これはなかなか難しいみ言葉です。 人間が堕落したのち、神様は人間の肉心にまで直接入って、人間を全般的(完全)に...

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