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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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第3次家庭大戦の行方

第3次家庭大戦の行方

継続して原理講義をしてゐる方があるが、今日はちょつと趣向を変へて質疑応答の時間を持たうと考へました。 私なりには3つくらいテーマを準備して臨んだのですが、最初に受講者の疑問を聞いてみると、 「第3次世界大戦が預言されてますよね」 といふ話を切り出される。 「武器による戦ひではだめで、最後は理念による戦ひにならないとだめだと。これはどうなるんでせう?」 漠然とした質問なのですが、その箇所を一緒に読んでみ...

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偉大な「捨て石」

偉大な「捨て石」

今日「イエス路程」の講義をした後、受講者に感想などを聞いてゐると、 「いつも思ふんですが、イエス様の生涯はあまりに歯がゆいといふか、もう少しうまくことが運ばなかつたんだらうかといふ気がするんです」 と言はれる。 似たやうな思ひは私にもなくはない。 生まれ方も不遇だし、育ち方も恵まれない。 成人してもなかなか結婚ができない。 近かつた洗礼ヨハネは不信をして袂を分かつ。 宗教指導者たちはことごとく反対に回...

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ノアの家庭の習慣的な生活

ノアの家庭の習慣的な生活

ノアの家族は洪水審判で贖罪されたので、感謝の生活をしなければならなかったのですが、習慣的な生活を繰り返しました。 自分と家族を救ってくださった神様に、いつも新たに接するノアとなり、父の心情を直視して立ち上がるノアになっていたなら、第二の堕落を成立させるような過ちは犯さなかったことでしょう。 (『文鮮明先生のみ言に学ぶ統一原理(後編)』) 先日ノア家庭の講義をした時に引用したみ言葉です。 ここでお父様...

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あまりにも貴重なチャンス

あまりにも貴重なチャンス

  神の復帰摂理には「実体基台」を立てるための条件として、 「堕落性を脱ぐための蕩減条件」 といふものが出てきます。 その内容をアダムの家庭の例で考へると、 「兄のカインが弟のアベルを愛して、仲保として、屈服して、善を繁殖する」 などと表現されることがよくありました。 しかしこれはやや表面的な見方ではないかといふ気がします。 カインは摂理上、サタンの側に立たされました。 そして神側に立てられたアベ...

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いいですね! * by 華道
本当に そうですね!

確かにそうですね。 * by 通りすがりの食口
「蕩減条件」を立てさせるといふ目的以外の理由は何一つなかつたのです。」

シンプルで良い考え方ですね。

とかく、人間は難しい状況におかれると、原因を探したくなりますし。

あの人が悪いんだ、この環境がおかしいんだ。
自分は一生懸命やったんだ、自分は悪くない。
はたまた、自分があの時こうしていれば、あの時ああしなかったから、だからこの結果なんだ。
悪いのは自分なんだ、と自分を責めてしまったり。

そうやって、ハマってしまうことも多いです。

誰が悪いわけでなく、ただ、蕩減条件を立ててもらいたいそれだけが願いであるという事ですね。
その状況に気づいたその時が、蕩減条件を立てる時という事でしょうか。

ただ、

「我々は先祖たちがその堕落性から繰り返してきた反応とは真逆の、創造本性による反応をすることで蕩減条件を立てることができ、堕落性を脱いでいくことができる」

これは、頭では良く理解しているつもりですし、納得もしているつもりですが、実際に、難しい環境・状況におかれた時ほど、行うのはとても難しい事だと思います。

言うは易く行うは難し、ですね。

だからこそ、下記の生活を心がけること。

http://kitasendo.blog12.fc2.com/blog-entry-2344.html
「良心にいつも尋ねてみよう」

これが必要と言うことでしょうか。

すみません、整理ついでに書かせていきました。

カインは良心の声を聞いた

カインは良心の声を聞いた

アダムの家庭で、2人の息子カインとアベルがともに供へ物をしたのに、アベルのものは取られ、カインのものは拒絶されるといふ事態が発生する。 カインは長男である自分の供へ物がなぜ拒否されるのか、自分も精誠を込めて供へたのにこんな理不尽なことがあり得るか、といふ思ひが心の中を駆け巡る。 神様を責めたい思ひが湧いてくるので、彼は神様を仰ぎ見ることができなかつた。 それで聖書には、神様が彼に忠告を与へたとして、...

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サタンの讒訴はまだあるのか

サタンの讒訴はまだあるのか

  罪とは、サタンの讒訴を許諾することです。サタンが人間を讒訴できるのは、人間が正にサタンと血統的な因縁があるからです。 (1969.5.19) 人類の先祖であるアダムとエバは、自分たちを中心とする誤った愛によって堕落しました。神様が許諾していない愛の因縁を導入することによって、私たち人間には何が生じたかというと、原罪というものが生じました。 (1970.10.19) 罪には、原罪があり、自犯罪があり、連帯罪があ...

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讒訴とサタンの声 * by 後ペトロ
まるで考え違いをしておられるようです。霊的体験があまりにも乏しいので、実感をもって語れない。
まず第一に、罪とは「サタンと相対基準を結んだ結果行ったあらゆる行為」です。サタンはたえず、人間に「神様に反する行為」をなさせようとする。サタンの誘惑や惑わしに乗って、神様に反する行為をすると、サタンは「ほら、見なさい。この人は私の言うことを聞く人です。私のやり方を真似、行いを真似ている。私の子孫です」というのです。
そこでサタンの願うままに行う人々をサタンの血統だと言うのです。
一方で、神様の声を聞いてその願いを行う者は「神の子」です。
ここでいうサタンとは講論が、「億万のサタン」と述べたように、ルシファーだけではありません。
たくさんいるのです。

つづき * by 後ペトロ
つづき)

例えば、「祈り」を条件物として献げるとします。サタンは、その祭物を奪おうと様々なジャマをします。まず最初にするのは「忘れさせること」です。しかし忘れない人には、たくさんの妄想や雑念が湧いてきて、その精神集中を奪い、祈りの実であるインスピレーションを妨げようとします。妄想や雑念で最も抵抗しづらいのが、性的妄想です。
このようにして働きかけており、その働きかけに惑わされ、乗ってしまうと条件は奪われ、サタンは「どうだ、やっぱりこいつは私の子孫だ」と勝ち誇ります。神様がいくら、「これは私の子だ」と言っても、サタンは「いや、こういう行為をしたからには私の子ですよ」「あなたの子であれば、あなたの声に従うでしょう。しかし私の子なので私の声に従うのです」と讒訴し、神様も認めざるを得ないのです。

原理講義、今になって迷う

原理講義、今になって迷う

原理講義との付き合いは、信仰歴とほぼ同じくらいに長い。 最初は、しどろもどろ、講義は難しいと思った。 それでも回数を重ねるうちに、段々慣れて来る。 原理講義のやりやすいところは、すでに筋書きがしっかりできていることです。 基本は「原理講論」の通り、「創造原理」から始め、「堕落論」をやり、「メシヤ論」から「復帰原理」へと続く。 礼拝の説教のように、毎回ゼロから内容を考えるような苦労はない。 そうなると...

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質問する講義

質問する講義

  講義をしたり礼拝の説教をするとき、聴講者に折々質問を投げかけることがよくあります。 そのやり方の利点と思えることはいくつかあって、例えば、 ① 一方的な講義よりも聴講者の理解が深まる 講義を一方的にすると、聴講者は完全な受け身になります。 受け身というのは楽な立場で、自分で考えなくても講義者がすべて教えてくれる。 その時には分かったような気がしても、意外とその内容は記憶にも心にも深く定着しない...

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本質のあの世、現象のこの世

本質のあの世、現象のこの世

  地上からの要求は、経済や病気や子どもの結婚や祝福の問題解決を願うものばかりです。  霊界の側から伝えたいのは、本来の正しい生き方、神様を親として生きること、永遠の夫婦として愛し合うことです。その本質が解決されれば、全て解決するようになっています。霊界と地上との大きな食い違いがあります。 (『亡くなった家族との会話』聖和者家庭懇談会) この一節を先日の記事「あなたが愛おしい」の中でも紹介し...

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No title * by はちみつ
あの世の人からのメッセージに考えさせられました。
確かに自分は、目の前の幸せだけ願っていました。

>「神様と私との心情の通路が閉ざされたことによる、神様と私の双方の苦痛である」

全ての悲しみ・苦痛は、我々が神様から離れてしまったことにつきますね。
頭ではわかっているのですが、なかなか神様の心情が理解出来ないです。

Re: No title * by 教育部長
>「神様と私との心情の通路が閉ざされたことによる、神様と私の双方の苦痛である」

そんなふうに考えて書いては見たのですが、堕落については簡単に言えないですね。もっと適切な観点があるだろうと思います。

私の生活が最も雄弁に原理を語る

私の生活が最も雄弁に原理を語る

原理がいかに素晴らしいかを説得し納得させるには、どんな講義をしたらいいのでしょうか。 まず、分析的に講義してみる。 キリスト教の要点は、これこれである。 仏教の要点はこれこれであり、儒教はこれこれ、神道はこれこれ……。 しかし、いずれも足りない点、不明瞭な点がある。 そういう点を見事に説明できるのが原理である。 他の宗教と比較して、原理の優位性を理論的に明らかにするのです。 この方法は悪くないように見え...

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無暗に原理を学ぶと、道を誤る

無暗に原理を学ぶと、道を誤る

  昔書いた自分の記事を徒然に読み返していると、 「統一教会にはちょっと訪ねて行きにくい」 という記事が出てきたのですが、自分でも書いたことを忘れていた。 ある方のところに聖母マリア様が霊的に訪ねてこられて、 「カソリック教会はいいけれど、統一教会はちょっと訪ねて行きにくい」 と告白されたことがあるというのです。 なぜそうかと言うと、カソリックでは聖母マリア様は救い主、神の独り子であるイエス様の聖...

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それが私の羊かも知れない

それが私の羊かも知れない

アブラハムの生涯を観れば、ある人物を神様がどのようにして中心人物の位置に立て、さらにどのようにして過去の罪を蕩減復帰させようとなさるのかということが、とても象徴的に示されています。 アブラハムと彼の妻が中心人物として立つためにまず通過させられた道は、エデンの園の蕩減復帰です。 飢饉が起こった時、夫婦は食料を求めてエジプトへ下る。 そこで妻のサラが王に奪われ、その妾になるしかないという状況から、信仰...

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