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元教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長を辞しても思索する日々

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無明なる私

無明なる私

  新古今和歌集に所収の 心無き身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ といふ西行の歌は名歌として名高いが、数学者の故岡潔博士は 「無明を直視したため、美しく弱々しい」 と評してゐます。 美しい歌には違ひないが、弱々しい。 なぜそんな歌が出来たかといふと、西行は「無明」を直視してゐたためだ。 さういふ見立てです。 「無明(むみょう)」といふのは仏教用語で、その意味は「無知」とか「迷ひ」。 煩...

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* by 🍀
先生、今日もありがとうございます🍀
神様を感じる事ができる、清らかな心を持つ事ができるよう、頑張ります🌸

3人の「私」

3人の「私」

  「自分を愛することが人生の最優先事項だ」 と言ふと、道徳的な人は眉を顰めるかも知れない。 人から愛されることばかりを願ふのは問題かも知れないが、しかし自分で自分を愛するといふのは非常に大切なことではないかと思ふのです。 このやうに考へるのは、イエス様の教への中に 「自分自身を愛するやうにあなたの隣人を愛せ」 とあるからです。 この教へのポイントは、後半(隣人を愛する)ではなく、前半(自分自身...

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* by 🍀
先生の今回のお話し、大変大きな示唆を賜りました🍀 「自分を愛するように...」先生が、教えて下さるようにおこなうなら、自分を愛する事が、とても大切な事として、積極的になさなければならない事としてなせます。神様父母様の為に頑張って生まれ変わっていきます🌸

問題を解決した人

問題を解決した人

  年末年始に少し時間があるので勉強しながら自分の人生観を再整理してみようと考へたのですが、言ふほど大袈裟なことではありません。 物理学の世界では 「時間は実在しない。それは人間の幻想にすぎない」 とも主張する学者がゐます。 また哲学者のバートランド・ラッセルは 「世界5分前仮説」 といふ思考実験の中で 「100数十億年前に始まつたと言はれるこの宇宙が5分前に創られたと仮定しても何の不都合もない」 と考...

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ただ、高いセルフイメージを求めなさい

ただ、高いセルフイメージを求めなさい

Then God said, "Let us make man in our image, after our likeness." 神はまた言われた、 「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造らう」 (創世記1:26) セルフイメージについて書きたくて、英語版聖書を引用しました。 人は元来、 「神のイメージ」 に造られたとあります。 つまり、私の本来のセルフイメージは「神...

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私の感情は神様につながる

私の感情は神様につながる

  教会では「自己否定」で、自分の感情を無視、或いは感情に蓋をするように言われます。「アベルに絶対従順」なので、意見や反論は禁止です。一方、心理学では「自分の感情を受け止めなさい」「自分を愛しなさい」と言われます。どちらが本当の生き方なのか? 答えが出てきません。 数日前にこのやうなコメントをいただき、づつと考へてゐます。 私の記事にいただい...

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No Subject * by コスタ
 自己牧会はとっても面白い言葉です。誰も言いませんでした。私も気が付きませんでした。これは非常に重要だとおもいます。

「無人称なる者」は物事をどう見るのか

「無人称なる者」は物事をどう見るのか

  どの人称の者でもない目で見る、それを言い換えれば「あるがままに見る」ということですが、自分の意識の中に宿る、この無人称なる者を、臨済禅師は「真人(しんにん)」と呼んでおります。 (ブログ「人生再創造路程」) この 「無人称なる者」 といふ着眼点にとても心を惹かれます。 自分を客観的に観るといふとき 「第三者の目」 といふことがありますが、その第三者が自分を「ありのまま」に観るには「無人称」でな...

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私のルール、神様のルール

私のルール、神様のルール

  「ルール」 といふキーワードで、信仰について考へてみます。 私が決めた「ルール」。 家族で決めた「ルール」。 神様が決めた「ルール」。 といふやうに、いろいろなレベルの違ふルールがあると考へることができます。 「人間はこのやうに考へ、このやうに生きねばならない」 といふやうな私なりの「ルール」を、大抵誰でも決めてゐるでせう。 意識的に決めてゐると思つてゐなくても、無意識的には、 「かうあるべき...

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天にいますあなたがたの父の子となる

天にいますあなたがたの父の子となる

  「隣り人を愛し、敵を憎め」 と言はれてゐたことは、あなたがたが聞いてゐるところである。 しかし、私はあなたがたに言ふ。 敵を愛し、迫害する者のために祈れ。 かうして、天にいますあなた方の父の子となるためである。 (「マタイ福音書」5:43) ほとんど毎日のやうに、朝起きるとき心が定まらない。色々な迷ひをある程度整理をしないととても1日を出発できないので、しばらく布団の中で内面の作業をするのが常にな...

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正常な信仰者になる道はどこにあるのか

正常な信仰者になる道はどこにあるのか

  私たちの路程に不満や不平はあり得ません。 今、二世は一世と同様に、信仰で最も基本となる「万事に感謝する生活」をしていないので、非常に心配です。 聖書と原理で言及されているように、正常な信仰をもった人は、天にまず感謝するようになります。 (韓鶴子総裁) 繰り返し同じテーマに戻るやうですが、我々の人生にとつて重要な指摘だと感じるので、再び取り上げてみます。 お母様の見られるところ、今の我々は、 「...

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No title * by 本人
「絶対感謝」
状況によるのではないでしょうか?

暴力夫や暴力親にまで、感謝は必要ですか?
その人(暴力をする人)の存在を否定はしませんが、暴力という行為に感謝するのはどうかなと思うのですが。
「罪を憎んで人を憎まず」
コレではいけないのでしょうか?

Re: No title * by 教育部長
状況によらないものを「絶対」と言ひますね。
もちろん様々な状況があり得ますから、私に「絶対」ができるかと問はれると、是と答へる自信はありません。
ただ、言はれるやうな「暴力夫」とか「暴力」とかに感謝することはできないし、さういふ趣旨でもありません。
暴力そのものは受け入れられないのですが、何らかの理由があってそのような状況に私が立たされたのではないかといふ「見えざる神の意図」に意識の焦点を当てようと考へるのです。
しかし、意識を向けたとしても、神の意図は分からない。だから、分かるのが目的でもありません。蕩減条件を立てられるかどうか。それが重要なことではないかと思ふのです。原理講論の「復活論」をよく読んでみると、さういふ考へに私はならざるを得ません。
コメントをいただいたことを感謝します。ご指摘いただくことで、私も自分の考へを改めて振り返つてみることができます。

100%の感謝に近づく道

100%の感謝に近づく道

海の水自体は同じでも、船の状態によつて、船に対する水の様相は180度変はるものです。 船に何の故障もなく、穴や隙間もなければ、水はその船が浮かび、快適に走るためになくてはならない助け手である。 ところが、その船にちょっとした穴でも開いてしまふやいなや、水はたちまち船に侵入して沈めてしまふ、恐ろしい敵に豹変するのです。 この船と水との関係は、「私」と「環境」との関係によく似てゐます。 身近な関係をもって...

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無条件的な感謝は蕩減と無縁である

無条件的な感謝は蕩減と無縁である

  原理と言ふみ言葉の大海で、我々はどのやうにそのみ言葉の水を掬ひ、飲めば、本当の栄養にすることができるのか。 私の心からはさまざまな思ひが、ひつきりなしに浮かんできます。 「あれは好きで、これは嫌いだ」 「あれはしたいが、これはしたくない」 「あの人の言葉や態度は、私の許容範囲にない(腹が立つ)」 嫌悪であらうと喜びであらうと、許容であらうと拒否であらうと、ほぼすべての感情は私が抱へる過去の蕩...

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天使長の想定外

天使長の想定外

正しいかどうか分かりませんが、ある時、こんなことを思いました。 アダムとエバが善悪の実を取って食べた後、神様がまずアダムに問われた。 「取って食べてはならないと命じておいたあの木から、お前は取って食べたのか?」 すると、アダムはおかしな答え方をした。 「あなたが私と一緒にしてくださったあの女が木から取ってくれたので、私は食べたのです」 神様は「なぜ食べたのか」とは聞いておられない。 「食べたか、どう...

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