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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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「無人称なる者」は物事をどう見るのか

「無人称なる者」は物事をどう見るのか

  どの人称の者でもない目で見る、それを言い換えれば「あるがままに見る」ということですが、自分の意識の中に宿る、この無人称なる者を、臨済禅師は「真人(しんにん)」と呼んでおります。 (ブログ「人生再創造路程」) この 「無人称なる者」 といふ着眼点にとても心を惹かれます。 自分を客観的に観るといふとき 「第三者の目」 といふことがありますが、その第三者が自分を「ありのまま」に観るには「無人称」でな...

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私のルール、神様のルール

私のルール、神様のルール

  「ルール」 といふキーワードで、信仰について考へてみます。 私が決めた「ルール」。 家族で決めた「ルール」。 神様が決めた「ルール」。 といふやうに、いろいろなレベルの違ふルールがあると考へることができます。 「人間はこのやうに考へ、このやうに生きねばならない」 といふやうな私なりの「ルール」を、大抵誰でも決めてゐるでせう。 意識的に決めてゐると思つてゐなくても、無意識的には、 「かうあるべき...

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天にいますあなたがたの父の子となる

天にいますあなたがたの父の子となる

  「隣り人を愛し、敵を憎め」 と言はれてゐたことは、あなたがたが聞いてゐるところである。 しかし、私はあなたがたに言ふ。 敵を愛し、迫害する者のために祈れ。 かうして、天にいますあなた方の父の子となるためである。 (「マタイ福音書」5:43) ほとんど毎日のやうに、朝起きるとき心が定まらない。色々な迷ひをある程度整理をしないととても1日を出発できないので、しばらく布団の中で内面の作業をするのが常にな...

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正常な信仰者になる道はどこにあるのか

正常な信仰者になる道はどこにあるのか

  私たちの路程に不満や不平はあり得ません。 今、二世は一世と同様に、信仰で最も基本となる「万事に感謝する生活」をしていないので、非常に心配です。 聖書と原理で言及されているように、正常な信仰をもった人は、天にまず感謝するようになります。 (韓鶴子総裁) 繰り返し同じテーマに戻るやうですが、我々の人生にとつて重要な指摘だと感じるので、再び取り上げてみます。 お母様の見られるところ、今の我々は、 「...

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No title * by 本人
「絶対感謝」
状況によるのではないでしょうか?

暴力夫や暴力親にまで、感謝は必要ですか?
その人(暴力をする人)の存在を否定はしませんが、暴力という行為に感謝するのはどうかなと思うのですが。
「罪を憎んで人を憎まず」
コレではいけないのでしょうか?

Re: No title * by 教育部長
状況によらないものを「絶対」と言ひますね。
もちろん様々な状況があり得ますから、私に「絶対」ができるかと問はれると、是と答へる自信はありません。
ただ、言はれるやうな「暴力夫」とか「暴力」とかに感謝することはできないし、さういふ趣旨でもありません。
暴力そのものは受け入れられないのですが、何らかの理由があってそのような状況に私が立たされたのではないかといふ「見えざる神の意図」に意識の焦点を当てようと考へるのです。
しかし、意識を向けたとしても、神の意図は分からない。だから、分かるのが目的でもありません。蕩減条件を立てられるかどうか。それが重要なことではないかと思ふのです。原理講論の「復活論」をよく読んでみると、さういふ考へに私はならざるを得ません。
コメントをいただいたことを感謝します。ご指摘いただくことで、私も自分の考へを改めて振り返つてみることができます。

100%の感謝に近づく道

100%の感謝に近づく道

海の水自体は同じでも、船の状態によつて、船に対する水の様相は180度変はるものです。 船に何の故障もなく、穴や隙間もなければ、水はその船が浮かび、快適に走るためになくてはならない助け手である。 ところが、その船にちょっとした穴でも開いてしまふやいなや、水はたちまち船に侵入して沈めてしまふ、恐ろしい敵に豹変するのです。 この船と水との関係は、「私」と「環境」との関係によく似てゐます。 身近な関係をもって...

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無条件的な感謝は蕩減と無縁である

無条件的な感謝は蕩減と無縁である

  原理と言ふみ言葉の大海で、我々はどのやうにそのみ言葉の水を掬ひ、飲めば、本当の栄養にすることができるのか。 私の心からはさまざまな思ひが、ひつきりなしに浮かんできます。 「あれは好きで、これは嫌いだ」 「あれはしたいが、これはしたくない」 「あの人の言葉や態度は、私の許容範囲にない(腹が立つ)」 嫌悪であらうと喜びであらうと、許容であらうと拒否であらうと、ほぼすべての感情は私が抱へる過去の蕩...

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天使長の想定外

天使長の想定外

正しいかどうか分かりませんが、ある時、こんなことを思いました。 アダムとエバが善悪の実を取って食べた後、神様がまずアダムに問われた。 「取って食べてはならないと命じておいたあの木から、お前は取って食べたのか?」 すると、アダムはおかしな答え方をした。 「あなたが私と一緒にしてくださったあの女が木から取ってくれたので、私は食べたのです」 神様は「なぜ食べたのか」とは聞いておられない。 「食べたか、どう...

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言葉を待つ祈り

言葉を待つ祈り

  旧約聖書に多く登場する預言者という人々は、それが真正な預言者であれば、自分の考えを自分の言葉で語った人ではないでしょう。 神様から 「語れ」 と託された言葉を、時には命がけで、時には気が進まないながらも語ったのに違いない。 彼ら預言者が神様とやり取りをするとき、おそらくは彼らが神様に語る言葉よりも、神様が彼らに語る言葉がよほど多かったでしょう。 神様には、この世に向かって語りたいことが胸のうち...

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私は断固、黄色になる

私は断固、黄色になる

  久しぶりに高速を走ると、パノラマのように紅葉の山々が広がる。 その彩りの妙は圧巻と言うしかない。 運転しながらざっと眺めると、色の変わらぬ緑の部分がおよそ半分。 あとの半分が、黄色、橙、赤のように、この季節ならではの色合いに染まっている。 道路に近いところでは、黄土色を水で薄めたような色のススキが繁っているところもある。 そういう自然のキャンバスを眺めながら、 「個性」 という声が聞こえてくる...

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精誠の味と価値

精誠の味と価値

ほとんどすべての存在、物事、出来事には、精誠がこもっている。 思い切って言えば、「ほとんど」など付けず「すべての」と言ってもいい。 まず、この世に存在している自然物には、一つの例外もなく、創造主神様の精誠がこもっている。 道端に何げなく咲いている一輪のタンポポには、博物館のガラスケースに入れて展示されている新羅時代の王冠にまさる価値がある。 これはお父様が体感しておられた価値観です。 原理講論には、...

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* by 🍀
先生 今日も素晴らしい御言葉 ありがとうございます!
先生の言葉は、深く心に入ってきて、自然に涙が出てきます。
満足感が あります。
ありがとうございます!

正しく考える人は自分の考えを言わない

正しく考える人は自分の考えを言わない

  私たちが何かを考えるとき、言うまでもないことだが、正しく考えたいと思う。 そして正しく考えたと思うことを言葉や文章にまとめて、誰かに伝え、その人に納得してもらおうと思う。 自分が言うことは正しいことなのだから、相手は当然そう認めて、受け入れてくれるはずだ、いや受け入れなければならないと思う。 しかし本人がいくら正しいと考えても、その考えは、 「その人の意見」 と見做されるのが普通でしょう。「そ...

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200人に1人

200人に1人

  私が在籍した当時、高校は1学年6クラスあり、1クラスがほぼ40名だったので、1学年が240名。 私のクラスは理数系が得意な学生が集まるクラスで、その中でも1人、数学がずば抜けて得意な男子がいた。 私などは間違ってそのクラスに入ったようなもので、数学はほぼ平均あたり。 2年生の半ばくらいまでは何とかついていったが、微分や積分が出てくるあたりから段々と後塵を拝するようになった。 ところが彼は涼しい顔で、ち...

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