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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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誰が彼を偽りの父にしたのか

誰が彼を偽りの父にしたのか

  すでに何度も繰り返し原理講義を聞いて学んできた人たちにとって、それでもさらに必要な、あるいは聞いてみたい原理講義があるとすれば、どんな講義だろうか。原理講義をしながら、悩むことが多い。考えてみても、答えは簡単に出てこないのです。 信仰生活者にとって必要な創造原理とはどんなものか。 信仰生活にプラスになる堕落論はどんなものか。 終末論、予定論、モーセ路程などはどこまで必要か。 あれこれ考えるう...

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蕩減するのは神様である

蕩減するのは神様である

文鮮明先生は、しばしば、 「蕩減という言葉ほど有り難いものはない」 と言われましたが、我々としてはなかなかそのように実感できない。 その理由を考えるために、この言葉の概念を改めて整理してみようと思います。 原理講論の「緒論」に、次のようにあります。 「どのようなものであっても、その本来の位置と状態を失ったとき、それらを本来の位置と状態にまで復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足る何らか...

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No title * by 楚
教育部長さん明らかに間違っています。
蕩減は確かに帳消しと出てきますが、漢字の意味から読み取ってください。
「蕩」という漢字は「やりっぱなし。」という意味です。
ですから「蕩減」とは「先祖と我々が犯したやりっぱなし(の罪)を減らす」、という意味です。
やりっぱなしの罪をそのまま何もできずにいたのが人間です。ですからやっとメシヤが来て善悪の境界が理解出来、やりっぱなしの罪を減らすことができる時代に入り「蕩減」という言葉とともに我々の罪を減らすことができるので感謝すべき、とお父様が語られているのです。
何ぼ何でもむちゃくちゃなことおっしゃらないでください!

Re: No title * by 教育部長
コメント、有り難うございます。
私が読んだものの中に、こういうものがあります。
「御父様はある時『蕩減』のお話をされて、
『100万円の負債のある人が、“私には、わずか10万円しかありません”と言えば、御父様の恵みで“その10万円だけで赦してやろう”と言う、それが蕩減の意味だ』と話されました」
(真のお父様御自身による「蕩減」の定義:史吉子先生の証言 2000年8月31日)
蕩減条件を立てるのは人間であり、確かに、真のお父様ほど大きな蕩減条件を立てられた方はないと思います。その方の恩恵も計り知れないと思います。しかし、我々自身も、それぞれの立場で蕩減条件を立てる。「復活論」の「悪霊の復活現象」の箇所にも蕩減条件の立て方が説明されています。あまり「むちゃくちゃ」なことでもないと思っています。

> 教育部長さん明らかに間違っています。
> 蕩減は確かに帳消しと出てきますが、漢字の意味から読み取ってください。
> 「蕩」という漢字は「やりっぱなし。」という意味です。
> ですから「蕩減」とは「先祖と我々が犯したやりっぱなし(の罪)を減らす」、という意味です。
> やりっぱなしの罪をそのまま何もできずにいたのが人間です。ですからやっとメシヤが来て善悪の境界が理解出来、やりっぱなしの罪を減らすことができる時代に入り「蕩減」という言葉とともに我々の罪を減らすことができるので感謝すべき、とお父様が語られているのです。
> 何ぼ何でもむちゃくちゃなことおっしゃらないでください!

No title * by 楚
コメント公開ありがとうございます。
私がブログに書いたのはわが教理は「授受作用」であります。YOUTUBEも聞きましたがほとんど一方的に語っていらっしゃるのであまりいい気持ちで聞けませんでした。キャッチボールで語っていただきたいですね。
さて本文からですが『蕩減』するのは神様であり←神様が蕩減する、という日本語がおかしいです。
「神様が帳消しにされる。」という日本語は分かります。
帳消しの「帳」の部分が「蕩(やりっぱなし)」、「消し」の部分が「減(減らす)」ということです。
だから帳消しにされるのは神様だけど蕩減するのは人間です。
神様は人間が「蕩減条件を立てて蕩減する」ということに一切干渉されません。あくまでも自由意志で蕩減に関わる行為をなすことを望まれているだけです。
お父様は蕩減のたとえで「子供が持って帰ってきた宿題(蕩減)を親がしたら子供は成長できません。」ということをおっしゃっていました。
確かにわずかなもので大きな蕩減が払われるということですがそれは人間が罪を犯したからその小さなもので払われるということは分かります、
しかし「蕩減」を帳消しとして直訳的論法で神様wを巻き込んで帰結されるのはやめていただきたいです。
他にも違うことがたくさんあるようです。
ぜひとも将来の2世のためにも、今後は授受作用してブログを構成してくださいますようよろしくお願い申し上げます。

講義案を作ろう

講義案を作ろう

  教会に原理講師が一人ではだめだ。 全員講師化を目指そうという話になって、グループごとの勉強会に 「指導」 の名目で呼ばれるようになりました。 どれだけちゃんとした指導ができるか。 さほど自信があるのでもありませんが、呼ばれれば行きます。 顔を出してみると、 「この前、総序の講義をしようとしたんです。ところがやってみると、難しい。総序なんて何十回となく聞いてきたので、そんなに難しくないと思ってや...

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二義のロゴス

二義のロゴス

  初めに言があった。言は神とともにあった。言は神であった。この言は初めに神とともにあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。 (ヨハネによる福音書1:1-4) 聖書の中でも最も有名な出だしの一つです。 ここで言う「言(ことば)」の原義が「ロゴス」です。 ロゴスとはギリシャ語で、 「理法」 「論理」 「概念」 などを表す。 ...

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大抵の人は真理など求めていない

大抵の人は真理など求めていない

  そこで私は女神アテネと話しました。知恵の女神です。 私はアテネにこう言いました。 「誰もがみんな、真理を求めています」 ところが彼女は、 「ベティ、それは違う」 と言うのです。 「大抵の人は真理など求めていない」 それでも私が、 「聖書には『真理を求めな...

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原理が分かっていなかった

原理が分かっていなかった

 昨日我が教会に来てくださった講師は、3年前一緒に中級原理教室に参加した同期生でもあります。 その後、昨年の上級教室にもともに参加しました。 「初めて参加した原理教室で思いもかけないショックを受けた」 と彼は話すのですが、私も似たようなショックを感じました。 どんなショックだったかというと、 「これまで自分は原理を本当に分かっていなかった」 という、かなり根本的で深刻なショックです。 それまで責任者...

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神は審判を予定し得ない

神は審判を予定し得ない

原理講座を継続して開いています。 本日の講義箇所は、「予定論」と「キリスト論」でした。 予定論の中には、 「神は、このみ旨を善として予定して達成される。なぜならば、神は善の主体であるので、創造目的も善であり、復帰摂理の目的も善で、その目的を成就する『み旨』もまた善でなければならないからである。故に、神は人間の堕落とか、堕落人間に対する審判とか、宇宙の滅亡などを予定なさることはできないのである」 とあり...

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神霊的な力が滲み出る講義

神霊的な力が滲み出る講義

毎月2日づつのペースで行われてきた上級原理教室も、今日で8回目。 最後の1ヶ月を残して、今日はいよいよチャート講義の模擬試験が行われました。 6名が選抜されてチャレンジしましたが、結果は、その中の1名だけがギリギリ合格基準。 あとの5名は不合格と判定されました。 参加者のほとんどは現場で教育に当たる担当者であることを考えると、かなりハードルの高い判定基準です。 6名の採点を公表した後、指導講師が指摘...

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神霊を感得するために * by 愛言葉
「神霊的な力が滲み出る講義」と「チャート講義の壁」がセットになっていたということに気づきました。
そこでこのテーマにもコメントを残そうと思います。
終末論によれば、
①神霊は、霊的な認識が、肉的五官に共鳴することで生理的に認識されるもので、
  真理は、肉身の五感を通じて認識されるもの
②堕落人間は、神霊に対する感性が非常に鈍いため、大抵は真理面に重きをおいている
ということが示されています。これらのことから我々の取るべき行動について考えてみましょう。

①から、霊人体の五官から認識されるのが神霊で、肉身の五官から認識されるのが真理であるという
区別があることがわかります。この区別は重要です。
②では、堕落人間は霊的五官が発達していないため、肉的五官を重要視している、
つまり霊的な無知を自覚できず、肉的な知で満足してしまう傾向があることが示されています。

これら①と②から得られる結論は、「神霊は霊的五官を通じて認識されるものであるため、
霊的に無知な状態を改善しない限り、神霊を感得するのは難しい」ということです。

したがって、堕落人間がまずしなければならないことは、霊的な無知に気づくことです。いくらみ言を訓読したとしても、それは肉的な五感を通じて認識される真理であって、神霊とは次元が違います。真理を学び多くのみ言を知っていたとしても、霊的な無知を克服しない限り、それがそのまま神霊の明るさ(=霊的な知)にはつながらないということです。
原理講論には、「何よりもまず、謙遜な心をもって行う祈りを通じて、神霊的なものを感得し得るよう努力しなければならない」と記されています。ですから、「神様、自分は霊的に無知なのでしょうか?」とか、「神様、自分が霊的な無知であることを悟らせてください」とか、「神様、霊的な無知を克服できるよう導いてください」というような祈りを通じて自分の無知を悟り、そこから謙虚に謙遜にみ言に対すれば、今まで以上に多くのことを悟ることができ、それが神霊となって発揮されるようになることでしょう。

ソクラテス曰く「無知の知」

チャート講義の壁

チャート講義の壁

  今日から4ヶ月目の上級原理教室が始まりました。 講義演習や最後の瞑想も良かったのですが、今回私にとって刺激的だったのはフリーディスカッションの時間でした。 1回目は昼食を取りながら。 2回目は午後の講義の合間。 参加者から原理の特定の箇所に関する質問が出たりもしました。 それに対して、別の参加者が自分の考えを述べる。 本部講師も真剣に答える。 そんなやり取りを通して、私なりに得るものが色々ありま...

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教育の目標とは * by 愛言葉
ブログの精力的な更新に感服しております。
「チャート講義の壁」というタイトルが目に留まり、コメントを残しました。
私は次のように考えます。

教育の目標は、どこまでも個性完成(=三大祝福の完成)です。ですからすべての教育は、個性完成に向けてどのような位置づけにあるのかを明確にしておく必要があります。
例えば数学を例にあげて考えてみましょう。
大学生に四則演算を教えることは意味がありません。
反対に、小学生に微分積分を教えることも同様です。
被教育者の程度に応じた教材と教育が必要だということです。

薬に万能薬がないように、チャート講義が万能であるわけもなく、またそれが人生の目的でもありません。

個性完成に向けて、どのような心霊レベルの人にどのように教育すればもっとも効果があるのか、チャート講義を極大化する方法を見極めることも大切だと思います。

Re: 教育の目標とは * by 教育部長
2つの懇切なコメントをいただき、ありがとうございます。
チャート講義が万能ではないことは、私も同感です。
その上で、それの効果を最大にする具体的なやり方をもっと探って行かなければならないとも思っています。
その一方で、「自分なりの講義で貴重な40年が流れてしまった」(文先生)ということの意味を重く受け止めなくてはいけないとも思っています。

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原理教室は原理を「学ぶ」場ではない

原理教室は原理を「学ぶ」場ではない

地区本部より講師を迎えて、約5ヶ月ぶりに昨日から中級原理教室が始まっています。 初日における講師の開口一番。 「私はこの『原理教室』というタイトルに不満がある。これを変えてほしい。このタイトルのゆえに、参加者はつい『原理を学ぶ』と考えてしまうのです。本当はノートもパソコンも要らないのです」 この講師自身、これまでに30回以上原理教室を担当してきて、悟ったことがあると言うのです。 「原理教室は原理を『...

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原理訓読チャート講義を実践する

原理訓読チャート講義を実践する

 最近では、原理講義をする時には、大抵の場合、チャート訓読による講義をします。 今のところは、一対一、あるいはせいぜい一対二の講義です。 Mさん(婦人)はあまり読書をするタイプではないのですが、1時間用の原理チャートを買っていただき、毎回一緒に訓読しながら、一つ一つを解説するという形で講義をしています。 「受講に来ない日も毎日自分で訓読して下さい」 と言っているのですが、それまで講義をした範囲だ...

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心情の共有者

心情の共有者

本日、3ヶ月目の上級原理教室に参加してきました。 学んだ箇所は「メシヤの降臨とその再臨の目的」と「復活論」。 全体でしばらく講義演習をした上で、何人かが代表で前に出て、講義を披露します。 最初に、さっと手を上げて講義を志願した女性がいました。 彼女がメシヤ論を講義し始めるやいなや、涙声になり、何度も詰まりながら講義をするのです。 メシヤ論というのは昔から、修練会などでも最も講師の力が入る箇所であり、...

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神様の「自叙伝」 * by Kundoku-kun
「統一原理という神様の自叙伝を学びながら」という所に感動しました。 原理講義を聞く者が神様の復帰の心情と親の心情を感じる為にも、まず講義をする自らが神の心情の共有者になるように、もっと努力しないといけないと思いました。

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統一原理という神様の「自叙伝」 * by ハナニメサラン
統一原理という神様の「自叙伝」、この言葉に心ひかれてしまいました。今日「み言に学ぶ統一原理(後編)」の中でノア家庭を訓読しましたが、ノアの120年間がありありと情景として見えてきました。真のお父様が書いてくださった統一原理こそが「神様の自叙伝」なんだなあと改めて感動しました。