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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

数え切れないほど本郷苑を往復しました

数え切れないほど本郷苑を往復しました

  お父様の聖和後、早朝になれば私は本郷苑(ポニャンウォン)に上りました。秋になれば暴風が吹きつけ、冬になればボタン雪が降り積もり、休みたい理由や言い訳はいくらでもありましたが、早朝になれば1日も欠かさず本郷苑に上りました。聖和後40日間は朝夕の霊前に食事を捧げ、お父様が恋しい時には数えきれないほど本郷苑を往復して、お父様と多くの会話を交はしました。さうしてお父様の考へ...

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二世同士の縦のつながり

二世同士の縦のつながり

  教会の二世部は高校を卒業すると大抵は外へ出ていくので人数は減少気味ですが、夏休みには大学に進んだメンバーが帰って来るので、彼らの協力を仰いで先日二世交流会を開きました。 これがとても良かつた。 中心的な役を担当してもらつたのは、鮮文大3年生の男子青年M君。 大学で自己牧会プログラムを用いたワークの実践をしてゐるといふので、それを交流会に入れることにしました。 午前中最初の講義では、私が「良心生...

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承認待ちコメント * by -

おばあちゃんには3つの幸せがある

おばあちゃんには3つの幸せがある

  間もなく89歳の誕生日を迎える母(普段おばあちゃんと呼んでゐる)は認知の症状が進んで、3分前のことを忘れる。 そのくせ、遥か半世紀以上昔のことをよく覚えてゐる。 人の記憶といふのはおかしなものだと思ひます。 尤も、よく覚えてゐるとは言つても、覚えてゐる事柄は十指で足りるくらいに限られてゐる。 毎晩2人で夕食を食べ乍ら話を聞いてゐると、おばあちゃんの「幸せ」は3つに集約されるといふことが明らかになつ...

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もしかして「私」は何者でもない

もしかして「私」は何者でもない

  今朝起きて洗顔をしながらふと考へると、歯にしろ目にしろ、歳とともに段々と傷んでは来てゐるものの、これまで半世紀以上よく働き続けてくれてゐるなあと思ふ。 かういふ体の各部分がその役割をよく果たしてくれたお陰で私の人生にこれまで様々な喜びをもたらしてくれた。 そんなふうに思ふと我知らず、 「有り難う」 といふ言葉が口をついて出てきました。 本当に有り難いなあと思つてゐると、しばらくして今度は一つ...

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発展を見せようとしてください

発展を見せようとしてください

  信仰を見せようとせずに、発展を見せようとしてください。さうすれば神様は信仰をくださいます。 私が発展のために最善を尽くせば、信仰を私に与へてくださるのではなく、ほかの人に与へてくださいます。 さうすれば私にその結果が返つてくるのです。それも喜んだら、与へてくれなくなります。 (『心情文化世界とマスメディア』文孝進) ...

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聖子の特性

聖子の特性

  先日面白い体験談を教へてくださつた方は、考へてみると「聖子」だといふことになるので、私は大変貴重な時間をもつたといふことになります。 そこでその時の話をできるだけ思ひ出しながら、 「聖子の特性」 をまとめておくことにします。 《特性その1》傲慢でない 妻に一度も不平不満を言つたことがないといふくらゐですから、奥さんに対して「俺が亭主だ」といふ態度がない。 むしろ奥さんからあれこれ指示されたり...

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さういふ者が「聖子」だ

さういふ者が「聖子」だ

  今日ある方と話してゐて、面白い体験談を聞きました。 今から20年以上前のことですが、お父様が直接講義される特別な修錬会があり、壮年ばかりが集められた時に修錬生たちに向かつて質問されたことがある。 「君たちの中で、結婚以来これまで一度も奥さんに不平不満を言つたことがない者がゐれば、手を挙げてみなさい」 その時、その方は勢ひよく 「ハイッ!」 と手を挙げたさうです。 するとお父様が 「さういふ者が...

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1日3時間労働

1日3時間労働

  私にとつてはおよそ半年ぶりの清平。 ところが、その時に同行した壮年男性は実に10年以上ぶりだと言ふ。 仕事も忙しいのでせう。 旅費も結構かかる。 帰りは夕方空港に着き、夜の道を自宅まで交替で運転しながらyoutubeのあるトークチャンネルを聞いてゐると、 「今の日本なら、働ける人がみんな1日3時間働けば、日本人全員が十分快適な生活ができる」 というやうな話をしてゐます。 人は大体20歳くらいまで学業をしな...

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最初に顔を上げたやつが負ける

最初に顔を上げたやつが負ける

  代打ちの勝負の多くは世間の常識を超えるような凄まじい大金や利権が賭けられ、それゆえに文字通り命を懸けた戦いも少なくはなかった。 殆ど睡眠もとらず2日、3日と続く勝負もあった。 そんな真剣勝負においては、水を張った洗面器に顔を突っ込み、最初に顔を上げたやつが負ける。 そんな骨身を削る、血の匂いがするような凄絶な戦いもあれば、ときには淡...

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その通りですね。 * by 通りすがりの食口
サッカーやマラソンなどを通じて見せる根気は象徴的なものであって、現実的なものではありません。
現実での根気は人間関係です。
人間関係においては言葉が重要なので、約束が最も優先されるのです。
(『心情文化世界とマルチメディア』文孝進)
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アージュ!

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お前を知らない

お前を知らない

  統一教会の文先生といふ人を、神様は愛していらつしやいます。 それは私がよく知つてゐます。 しかし私は生涯を捧げて信じてきましたが、あるときは、神様に抗議したいと思ふときが一度や二度ではありませんでした。 私が死地に行くと、神様は 「知らない」 と言はれます。 ...

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「感謝」の一言に尽きる

「感謝」の一言に尽きる

  『信仰の伝統』(金元弼著)を読むと、金先生の人柄が髣髴とします。 私がかつてある教会の牧会者をしていたときに来教してくださり、短い時間でも一対一で話したことを、今でも忘れられません。 穏やかな口調で、難しい言葉を使つた話はされない。 分かりやすいやうにも思へながら、よく味はつてみると、とても深い。 金先生のお話はいつもそんな感じです。 この本は金先生の講話集ですが、本当はかういふ本を出してほ...

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完璧な生き物になりたい

完璧な生き物になりたい

  私なら、まず完璧な生き物になりたいと思います。獣はお腹が空いているときは自分の餌に見えると食べますが、理想的な人間はむやみに飛びかかりません。 まず最高の生き物になり、人間にならなければなりません。そうなってこそ万物主管が可能です。 動物以上に自らの頭脳と体をまず主管することができなければなりません。自己の本能と肉体を完全に主管することがで...

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ただ人のために仕事をして死になさい

ただ人のために仕事をして死になさい

  以前にも紹介したことのある『心情文化世界とマルチメディア』(文孝進著)。 改めて項をめくつてみると、端から端まで漲る緊迫感は半端ではありません。 「み旨のために生き、み旨のために死ぬのが男性像です。男性は死ぬ覚悟で戦い、打たれて何かを復帰してこようとするのです。男性の世界で、つまらないとか立派だという評価は生と死をもって決定されます」 「ただ人のために仕事をして死になさい」 「人はみな死ね...

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戦わなくてよい * by はちみつ
私達は戦うために生まれたのではない。神様に素晴らしいことを残すために生まれてきました。
「戦う」というのは、敵がいるという前提です。私達には敵はいないのです。ただひたすら愛し続ければいいのです。

戦わなくてよい * by はちみつ
私達は戦うために生まれたのではない。神様に素晴らしいことを残すために生まれてきました。
「戦う」というのは、敵がいるという前提です。私達には敵はいないのです。ただひたすら愛し続ければいいのです。

Re: 戦わなくてよい * by 教育部長
戦争といふ比喩も使つたので、戦ひのニュアンスを変へてしまつたかも知れませんね。
孝進様の言はれる「戦ひ」といふのは誰かと戦ふといふよりも、自分自身と戦ふ、つまり自分の弱さと戦ひ、自分が決めてしまつてゐる限界と戦ふといふやうな意味が第一義的だらうと思ひます。その意味で、孝進様は自分自身に対してすごく厳しい方だといふ印象を持ちます。

自信を持つていいと思ひます

自信を持つていいと思ひます

  「私達の霊人体は受け止めた波動を私が分かる言葉に変換してくれる」 といふやうな意味のお父様のみ言葉があることを、知り合ひのある方から教えていただきました。 教へて下さつたその方にはそれを実感するやうな体験があるさうですが、私には自覚的にはないと思ふ。 じつと考へても思ひ当たらないのです。 霊人体の機能はどんなふうに作用するのでせうか。 例へば、霊界の妻が何か思ひを私に伝へようとすれば、霊界か...

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180度変へてみよ

180度変へてみよ

今から5年ほど前に『嫌われる勇気』(岸見一郎著)を通してアドラー心理学に出会つたことを、最近になつて思ひ出すことがある。 改めて考へてみると、アドラーは我々の見る方向を180度変へてみよと言つてゐるのに、あれから5年経つても容易に 変はらない自分を感じる。 180度といふのは、これまで過去を見ていた眼を未来に向けよといふことです。 あるいは、これまで外を見ていた眼を自分の内に向けよということです。 今の自分...

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自分にも原因 * by はちみつ
ご紹介されていた中山氏の本も読んでみました。

アドラー
入江富美子氏
中山氏
ホ オポノポノ

共通点がたくさんあります。
その中でも「様々な出来事は、自分に原因がある」という考えに頭を砕かれました。自分の非は認めるには抵抗がありますが、一旦認めると関わった全ての人に「責任転嫁」する気持ちが薄れて来ました。むしろ「責任転嫁」していたことが、申し訳なく思います。

そう考えると、教会が「日本が悪い。罪を償え」と繰り返し言われることに疑問が湧いてきました。
日本も確かに悪い。それは反省する必要がある。だけれど韓国にも原因があって、このような事態になったということに繋がるのではないか。
日本を非難するばかりではなく、韓国も反省が必要なのではないかと。

私の考えは、飛躍しているのでしょうか。教育部長さんは、どう思われますか?

Re: 自分にも原因 * by 教育部長
いくら「自分の中に原因がある」と考へる人でも「相手の中にもそれなりの原因はあるよな」といふ思ひがあることを否定しきれませんね。私の中にもあることを否定できません。
しかしここで問題にするのは「本当の原因は誰にあるのか」といふことでも「原因の何割が自分にあり、残りの何割が相手にある」といふことでもありません。「私に原因がある」と認めることは私がすることであり、「相手にも原因がある」といふのは自分が考へることではなく、相手自身が認めることです。私は私の原因だけに責任を持ち、相手にも原因があるとすればそれは相手自身の責任です。相手の責任まで私が越境追及するのは、原理でもホ・オポノポノでも入江さんでも中山さんでも本意ではないと思ひます。
このことをアドラーは「課題を分離せよ」と言つてゐますね。自分の原因を認めて対処するのは自分の課題であり、相手の原因を認めて対処するのは自分の課題ではなく相手自身の課題です。それなのに相手の課題にまで干渉したい思ひはどこから出て来るのか。自分自身の内面をよく見る必要があるなと思ひます。
かういふ考へは現状ではかなり非常識と思へますね。「相手にも非がありさうに思へるなら、それを指摘してあげないと問題解決しないじゃないか」と普通には考へますから。しかしそれが本当に(本質的に)問題解決するのかどうか、私には疑問符があります。
韓国は自分が反省せず日本ばかりを非難する(と思へる)とするならば、「その出来事」の原因はやはり「私にある」。何だかとても愚かな考へのやうに感じられますが、理屈からするとさうなると思ひますね。