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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

こんなことは起こつて当然

こんなことは起こつて当然

  人生には 「思ひ通りにいかないこと」 が多い。 むしろ 「思ひ通りにいくこと」 のほうが少ないといふのが実感に近い。 どうしてかうも人生は難しいのだらうと考へてゐると、 「最も思ひ通りにいかない人生を送つてきたのは神様に違ひない」 といふ答へが返つてきます。 確かにさうだらうと思ふ。 最初にして最大の思ひ通りにいかなかつたことは、アダムとエバの思春期に起こつた出来事です。 このときの出来事を神様...

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永遠の喜びを享受する

永遠の喜びを享受する

私たちの心(生心と肉心)には本心(成熟した生心が肉心を主管してゐる状態)というものがあって、心の声(良心の声)を聞くと本心の特性によって絶えず喜びを創造するからです。それで、その本心の喜びによって完全かつ永遠に喜びを享受することができるのです。 先日の記事でも紹介したお父様のみ言葉です。 お母様がある時、 「本当に100%感謝するとき、心と体が統一されます」 と言はれたことがある。 一見とてもシンプル...

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妄想を解く

妄想を解く

  私の心の中身を吟味してみると、その8割から9割は「妄想」だなと思ふ。 「妄想」といふのは、「今」「ここ」に軸を置かない思ひです。 例えば、日曜日の午前10時、私は礼拝に参席してゐる。 目の前の壇上では説教者が語つてゐる。 最初のうちはその言葉に耳を傾け、意識を集中しているのに、次第に飽きてくると、いつの間にか昨日の出来事を思ひ出す。 あるいは、礼拝が終はつた後の予定を練り始める。 かういふとき、...

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良心を創造せざるを得なかつた

良心を創造せざるを得なかつた

昨日の記事でお父様のみ言葉について、私なりの言葉を括弧に入れて補ってみました。 それら(統一原理やお父様のみ言葉)は自分の心の声(良心の声)を聞くための手段です。目的ではないのです。 この2行を種にして、み言葉と良心の関係についてもう少し考へてみます。 最近の私は原理講義をしながらも、限界を感じる思ひを払ひ切ることができない。 創造原理が分かり堕落論が分かり復帰原理が分かることが、どれほど意味がある...

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良心作用とは * by 海がめ
こんばんは!
>神様は良心を創造せざるを得なかった
というよりも、人間の心に「良心」があるという事が「神の子」である事の証なのだと思います。神道では人間の心は「一霊四魂」と言いますが、その一霊とは「直霊」で神の宮、生心=良心=生霊要素を受ける事のできる唯一の部分なのではないかなと思います。神様の分け御魂であり、聖霊の働きもしていると思われます。大袈裟かも知れませんが、良心作用がよく働いている人間が神の血統をたくさん受け継いでいる人間、という風にも考えられます。「良心」は物質世界で生きる人間に、欲望を分別する為の感覚やブレーキの役目をしながら、創造本性(個性)を発揮できるようにも導いてくれているのかも知れません。

誰かの言葉を聞く時代は過ぎ去る

誰かの言葉を聞く時代は過ぎ去る

  もう、私たちが誰かの言葉を聞く時は過ぎ去りました。どんな真理よりも、千万倍素晴らしい師の言葉よりも、私の心の声を聞き、聞いてもまた聞きたくて、その心を求めていくべきです。そうすれば、私も分からない無限大の何かが出てきます。それが創造の内容です。(7-201) まず、私たちの心には神様がいらっしゃるので、心の声を聞くと神様のような創造力を発揮するからです。従って、心の声を聞くと自分は神様のような...

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承認待ちコメント * by -

* by はちみつ
「私たちの心(生心と肉心)には神様がいらっしゃるので、心の声(良心の声)を聞くと神様のような創造力を発揮するからです。従って、心の声(良心の声)を聞くと自分は神様のような能力(自己創造する力)を備えた存在になるのです。」

良心のお話をありがとうございます。
誰の中にも良心があり、神の創造されたお姿がある。誰でも神の子としての威厳があり尊敬する存在なんだ! と改めてわかりました。

「良心」に関する文先生の発言は、90年代半ばだったと聞きました。自分は80年代で原研を去ったので、「良心宣言」をつい最近まで知りませんでした。
自分の中に「神様の創造された姿」があることが実感出来て、長年のモヤモヤが溶けたような感覚です。

* by tenmodai
カトリック教会が腐敗して、プロテスタントが現れた時に似ているのかな?
家庭連合が腐敗しているかどうかはわかりませんが!

それを「ときめき」と呼ぶ

それを「ときめき」と呼ぶ

NETFLIXでも取り上げた「こんまり流片づけ術」をNHKが後を追ふやうに放映してゐます。 登場する人たちの中にはなかなか捨てられない人が出てくる。 なぜ人は使ひもしないものを捨てられないのか。 こんまりさん(近藤麻理恵)は、捨てられない理由は2つしかないと言ふ。 ① 過去への執着 ② 未来への不安 遠い昔の給料明細を捨てられない女性。 「あの頃自分はこんなに頑張つてゐたんだといふ証でしよ? これ、捨てられない...

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良心はそれ自体の自由と責任を有する

良心はそれ自体の自由と責任を有する

以上のことに加えて、私たちは良心が神のある一部分ではなくて、神とは別の人格を持つ存在であることを知らなければならない。 良心は神と同じ性質をもつものであるが、神御自身ではなく、第二の神として神の対象の立場に立っている。いわば、個性真理体のようなものであり、それ自体の自由と責任を有し、その分野においては神も敬意を払い干渉しない。 それゆえ、良心は私たち自身のことについては神よりもよく知り、しかも神より...

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* by はちみつ
最近、良心の話題が多いようですが、実生活に直結するため大変参考になります。今後も期待しております。

>可哀さうなカインに対して、傲慢なアベルに屈伏せよといふ、さういふ過酷な方法で蕩減条件を立てるといふ時代は過ぎ去りつつある。


教会の方々が傲慢だとは思いません。
尊敬はしておりましたが、自分はあの様になりたくないと強く感じていました。
「私がアベルだから、私の意見が常に正しい」「アベルに絶対従順しなきゃいけないでしょ!?」と他人の理解に努めず、頭から否定するところなど。
『この人達に何を言っても受け入れてもらえない。』脱会した大半の人の気持ちです。
心に無理を押し付けるので、カインは途中で耐えられなくなるのです。

ありふれた家族の尋常でないお父さん

ありふれた家族の尋常でないお父さん

  産経新聞大阪版の夕刊に連載中の「夕焼けエッセー」。 17歳の女子高生が投稿したわずか600字のエッセーがとても魅力的なので、紹介してみたい。 彼女の家族はお父さんお母さんに大学生の姉と高校生の彼女の4人。 家族構成はごくありふれてゐるが、尋常でないのはお父さんの家族愛なのです。 ★★★ たとえば、母が忙しく夕食が全てできあいのものでも、父は必ず「おいしかった。ありがとう」と母にひと言言うのを忘れない...

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一切否定しない本当の私

一切否定しない本当の私

神は自ら創造された原理的な存在とその行動のみを干渉されるために、犯罪行為や地獄のような、ご自分が創造されなかった非原理的な存在や行動には干渉し給わないのである。 神がもしある存在や行動に対して干渉し給うならば、干渉を受けるその存在や行動は、既に、創造の価値が賦与され、原理的なものとして認定されたもののような結果をもたらすのである。 (「原理講論」堕落論第6節) 干渉すれば堕落を止められたであらうに、...

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少し 読みにくいです * by 華道
現代語でなくなってしまったのは なぜですか?

Re: 少し 読みにくいです * by 教育部長
今どき旧かなを使ふ人はほとんどゐないので、少し読みにくいかも知れません。
最近になつて少数派の旧かなを使ふやうになつた経緯については、過去の記事「旧かなづかひは気持ちいい」をご覧ください。
旧かなのほうが合理的で美しいと肩肘を張つて言ふつもりはなく、ただ使つてゐて気持ちいいので使ふやうになりました。
今の時代ではかなり個人的趣味の部類に入るでせうね。

私の良心の発見

私の良心の発見

1990年代の半ばに真のお父様が「良心宣言」をされてから、ほぼ四半世紀が経とうとしてゐます。 これは画期的、歴史的な宣言ではなかつたかと、今頃になつて思ふ。 再臨主がもつて来られるみ言葉の中で、最も重要な、あるいは少し控へめに言つても三指に入るみ言葉と言つてもいいのではないか。 そんなふうに思へてきます。 惜しむらくは、もつと早くにこの宣言をなさつてほしかつたとも思ひますが、実際には宣言から四半世紀たつ...

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肉心で考へると苦痛を感じる

肉心で考へると苦痛を感じる

 私が人を疑ふとき、私は苦痛を感じます 私が人を審判するとき、私は堪えられなくなります これはお父様が16歳の頃に書いたとされる「栄光の王冠」といふ詩の冒頭の一節です。 私はこれまでこの部分の意味をあまり深く考へてみたことがなかつた。 私が人を疑うと、なぜ私の中に苦痛が生じるのか。 私が人を審判すると、なぜ私は苦しくなるのか。 最近、私がしばしば体験するある感覚を通して、この意味をおぼろげに察する...

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ノアの家庭の習慣的な生活

ノアの家庭の習慣的な生活

ノアの家族は洪水審判で贖罪されたので、感謝の生活をしなければならなかったのですが、習慣的な生活を繰り返しました。 自分と家族を救ってくださった神様に、いつも新たに接するノアとなり、父の心情を直視して立ち上がるノアになっていたなら、第二の堕落を成立させるような過ちは犯さなかったことでしょう。 (『文鮮明先生のみ言に学ぶ統一原理(後編)』) 先日ノア家庭の講義をした時に引用したみ言葉です。 ここでお父様...

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肉心よ、有り難う

肉心よ、有り難う

原理講論の「アダム家庭」実体基台の項に、カインとアベルの献祭に相通じる実例がいくつか挙げられる中で、とても重要な実例がある。 我々の個体の場合を考へて見ると、善を指向する心はアベルの立場であり、罪の律法に仕へる体はカインの立場である。 したがつて、体は心の命令に従順に屈伏しなければ、私たちの個体は善化されない。 これをより精密に言ひ換へれば、「善を指向する心」とは「生心」のことであり、「罪の律法に...

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* by はちみつ
現在抱えている問題への解決方法が、教育部長さんのブログに書かれていました! まさに神様からの御回答です。
生心を主体とするには、努力→習慣化が必要ですが、なかなか上手く出来ません
肉心も全部悪いんじゃないですよね。やはり肉心も我々を守るため、過剰反応しているのでしょう。
肉心にも感謝を捧げるようにいたします。

良心にも個性があるのかな

良心にも個性があるのかな

  「良心にも個性があるのかな」 と、ふと考へた。 少し前の記事「焦らなくていいよ」で紹介した良心は、なかなか気が利いてゐます。 T字路に差し掛かったときに、 「右から行くのが早いですか、左が早いですか?」 と尋ねたら、 「焦らなくてもいいよ」 といふ良心の答えが返つてきたのです。 この良心はその人をとても優しく思ひやつています。 尋ねる人が半信半疑でも、もつたいぶらずに答えてくれる。 しかしすべての...

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私の良心の声こそ貴い

私の良心の声こそ貴い

先日の礼拝で説教を担当したので、2週間前に二世礼拝で試した内容に多少の修正を加へて話した。 タイトルは 「正午定着の人生」 とし、最後に固定観念を手放すワークをやつてみました。 ワークをやつた後、自己牧会セミナーで聞いた証の一つを紹介したのですが、後から考へてもこれはなかなか素晴らしい体験だなと思ふので、ここに紹介してみます。 ある教会の総務さんが、ある時教会長から急用を言いつけられた。 「どうして...

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